YOKO

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Belly dance in Osaka

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2023年1月下旬 一般病棟へ転棟(ただし隔離期間継続中)

 

2週間ちょっとで全身麻酔から目覚めた後は

驚異的なスピードで回復し一般病棟へ転棟することに

 

ただし、コロナに罹患していたため隔離は継続

隔離解除に必要な期間は通常だと2週間ですが

強皮症の治療のために免疫抑制剤を飲んでいるので

プラス1週間で計3週間の隔離期間が必要だったそうです。

 

というわけで、ICUから循環器内科の病棟に転棟してからも個室

転棟の時はベッドごと移動しましたが

ベッド全体がビニールシートに覆われた状態で

看護師さんたちも完全防備

色々とお手数をおかけしましたm(__)m

 

一般病棟に転棟して一番うれしかったのが

スマホやパソコンの使用許可が出たこと!

看護師さんから姉に連絡してもらい

パソコンとスマホを届けてもらうことになっていたので

届くのが本当に待ち遠しかったです~

 

とはいえ、スマホを持ち上げる力どころか

スマホの電源ボタンを押し込む力すらなく

入力したい言葉と目で見る文字を結び付けられない状態が続いていて

入院前と同じようにスマホやパソコンを使えるようになるまでに

数日はかかったような記憶

 

色々な機会に繋がっていたチューブもほとんど外れたので

自分の体をじっくり観察することもできましたが

この時に思ったのは、手術の跡って思ったよりも痛くないってこと

まぁ、最初の手術から3週間くらい経っているので当然かもしれませんが

傷の痛みを感じなかったのはラッキーだったかも

 

ただし、ICUではスルーされていた右腕の痛みは継続
転棟した日に担当してくれた看護師さんが優しそうな方だったので
「痛い。大丈夫って言われたけど無理!我慢できない」と
泣きながら痛みを訴えてみました

その甲斐あって、脳神経外科で診察してもらえることになり
痛いのも動かないのも気のせいなんかじゃないということが判明します

 

まぁ、右手が痛い以外は順調に回復しているので

こんな写真を撮る余裕もあったりしたんですよねぇ。

 

ここから栄養を直接注入

40度越えの熱が出て抜くことになりましたが

おかげで寝返りがしやすくなった

けど鼻から栄養~も結構つらかった

 

長期間の点滴やら何やらで

手足は内出血だらけ

 

一般病棟でも点滴はいっぱい繋がっていたので

移動は輸液ポンプと一緒に

パラマウント社製なので

「ぱらちゃん」と命名

 

この頃の私は、目覚ましい回復力を見せた心臓とは逆に

いつまでも元に戻らない声帯の衰えにより

退院の目途が立たないことに苛立ちを感じていました。

 

そんなことでイライラできたのも生きていればこそですが

一番大変だった時は全身麻酔で寝ていただけの私にとって

元気なのに声が出ない、声帯が動かないから退院できない

っていう状況の方が理解しやすかったのかも

2023年1月下旬 ICUで目覚めてから5日後

 

まだまだ自分の体を思い通りに動かすこともできず

声を出すこともできない私でしたが

少しずつリハビリ的な時間を設けていただき

まずはベッド上で上体を起こすところからスタート

 

とはいえ、いきなり自分の力だけで体を支えることはできないので

ベッドの頭側を上げて体を起こしていくのですが

これが、まぁ難しい!

 

頭側が持ち上がると自然に腹筋で上体を支えることになりますが

この時は体中の筋肉が衰えている状態なので

ベッドに角度が付くと体が横に倒れてしまう

それを手で支えようとしても手を動かすことすらままならない

 

最初は1分、次は3分みたいな感じで体を起こしている時間を延ばしていくものの

自分でもびっくりするくらい力が入らず情けなかった

 

ベッド上で体を起こせるようになったら、次は自分の足で立つ練習

この時まで、立つことがこんなに難しいなんて思いもしませんでしたが

驚異的な回復力とダンスで身につけた体のコントロール法のおかげで

「立ち上がり方が上手!体重移動が完璧。若いって素晴らしい♪」

と褒めていただけるほどの仕上がり(皆さん、褒め上手)

 

私は決して「若い」というわけではありませんが

当時、エクモやインペラに繋がれるほど心肺機能に問題がある患者の多くが

かなり高齢の方(80歳・90歳とか)だったので

それに比べればってことです

 

立てるようになったり、ベッド上で座れるようになったり

少しずつ回復していく私でしたが、右腕の痛みは増すばかり

 

痛みで目が覚めるくらいなのにICUでは誰も痛みを理解してくれない

というわけで「早くICUを出て、他の人に痛みを訴える!」

という目標があったからこそ

周囲が驚くほどの速さで回復していったのかもしれません

 

その甲斐あって、4,5日で一般病棟に移ることはできたのですが

この間に聞いた輸液ポンプのアラームが耳につきすぎて

今でも病院でアラーム音を聞くと鳥肌が立つほど

 

あと、ICUにいる間に経験したことがどこまで現実なのか

正直なところ自信がなかったりもします

 

いわゆる「術後せん妄」による幻覚、幻聴なのか実際にあったことなのか

それを確かめる方法はないんですよねぇ

 

私が、自分の体の動きを確認するためにベッド柵を蹴飛ばしてたのとかは

興奮状態だと思われていた可能性大ですが

そこは、自分で意識してやっていたのでせん妄とはちょっと違うし

昼夜逆転で夜間不眠だと思われていたかもですが

元々の睡眠時間がそれほど長いわけではないので。。。

 

でも「しんどいなぁ」と思って病院に着いたとこで意識をなくし

ICUでえらいことになってたっていう経緯を理解するまでには

かなり時間がかかったかも

 

退院後も「年が明けた気がしない」っていう感覚が

数カ月続いてたんですよねぇ

 

とはいえ、誰もが「もうダメかも」と思った状態から復活

無事にICUを脱出して、一般病棟に移ることになります

 

2023年1月中旬 ICUで全身麻酔から覚醒

 

「ココネロちゃんが待ってますよ」という声で約3週間の眠りから目覚めた私

まず、自分がどこにいるのか、何をしているのか、今がいつなのか

とにかく謎だらけっていう状態に陥ります

 

さらに、自分で体を動かすことすらできず

かろうじて自発呼吸はできているものの

挿管の影響で増えた痰を出すための咳ができず

とにかく苦しくて仕方がない

この咳は一般病棟に移った後も1週間ほど続いて

うとうとしても咳で目覚める感じが辛かった

 

声帯が麻痺しているので声を出すこともできず

嚥下もできないので約50日間は食事が摂れず

中心静脈栄養&経鼻経管栄養のみで栄養補給

 

それに加えて、処置や手術の途中で

何かしらのアクシデントがあり

後に「右尺骨神経不全麻痺」

と診断された右腕がとにかく痛い!

 

その痛みを訴えようにも声が出ない

コミュニケーションをとるために50音表を渡されたのですが

自分が伝えたい言葉はわかっているのに

それを示す文字を指せない

 

この感覚は、数日でなくなるのですが

今思い返してみてもすごく不思議な感覚でした

 

「痛い」と伝えたい時「いたい」を指せばいい

それは理解できているし、50音表の文字も読めているのに

「いたい」の文字が探せない

頭に浮かぶ文字、目で見ている文字を結び付けられない

これまでに経験したことがない、何とも言えないもどかしさ

 

あとは、筋力が大幅に落ちているせいで

布団の重さですら圧迫されているように感じ

体力が落ちて寝返りもうてないことで

閉所恐怖症な私はパニック発作を起こしそうになったことも

 

そんな不安を解消するために

「私の体は動く、息もできてる、大丈夫」

と自分に言い聞かせながら、ベッド柵を蹴り続けたり

無駄に手足を動かそうとしたりしていました

 

機械とかチューブとかたくさん繋がってる状態の私が動くと

看護師さんは迷惑だったと思うのですが

その時は自分を落ち着かせるために必死だったのです

 

ちょっと体が動くようになっても

首や腕にチューブやコードが繋がっているので

それが邪魔で顔の向きすら変えられない

やっと寝られたかと思ったら輸液ポンプのアラームで目が覚める

 

ICUなので自分の病室以外でも絶え間なくアラームが鳴り響き

しんどいし、暇だし、寝たいのに寝られない

眠剤を入れてもらっても眠れない私を見て

「何で寝ないの」ってお医者さんが怒ってましたが

そんなこと言われても・・・;つД`)

 

この時だけでなく、病院に対しては基本的に感謝しかないのですが

正直なところICUにいる間にお世話になった

看護師、医師の一部に対しては

「あ、めっちゃムカつく」と思ったことも

 

話せないせいで右腕の痛みを理解してもらえず

「大丈夫、血流も良いし」程度で済まされたり

私の血圧が低いことや寝ていないことに対して

割と強めの言葉で看護師に怒っていた医師がいたり

っていうのがその理由

 

まぁ、そのおかげで「早くICUから出る!」という目標ができ

周囲をびっくりさせるくらいの回復力を発揮することになります

 

生まれついての負けず嫌い&怒りの感情は

向ける方向を間違えなければプラスの方向に働くこともあるってことですね

2022年12月31日 劇症型心筋炎、コロナ陽性で入院

 

ここからしばらくは、

目覚めてから主治医、姉、看護師などなど色々な方から聞いた話

当の本人は自分が寝ていることも知らずっていう状態で時間が進んでいきます。

 

緊急手術、緊急入院の諸々の手続きを終えて姉と姪が病院を後にしたのは

JRの最終電車にギリギリ間に合うくらいだったそうですが

家に帰ってほっと一息つく暇もなく

病院から「会わせたい方がいれば」的な電話を受けることになります。

 

ドラマとかでよく見るやつですねぇ。

とはいえ、私が入院していたICUはコロナ病棟と呼ばれていたところ

一般病棟よりも面会制限が厳しかったはずなのにって考えると

本当にこれで最後ってお医者さんが思うくらいの状態だったということかぁ

実際、ICU内で心臓が止まりかけて電気ショックをやったそうです。

これもドラマとかで見るやつ~

 

にもかかわらず、これで最後かもしれないという私の姿を

姉、母、姪がガラス越しに見た時の感想

姉&母「よーこはしぶとい、大丈夫やろ」

姪「よーこが寝てる。初めて見たかも」

姉&姪「目が覚めたらこの姿の写真見たがるやろなぁ。でもさすがに撮れん」

だったそうです。

 

そんな家族の思いは全く知らず眠り続ける私ですが

姉&母の思った通り、なかなかしぶとく

もうダメかもから急激に持ち直し

1週間ほどでエクモ離脱、10日ほどでインペラ離脱

2週間目には全身麻酔から目覚めることに

 

目覚めの直前に聞いた言葉は

看護師の「ココネロちゃんが待ってますよ」

ココネロは姉の家にいる猫たちで

私が溺愛していると姪が担当の看護師に話したそうです。

 

この2週間の間に色々な治療をしていただいたと思うのですが

ぐっすり眠っていたもので、何ひとつ覚えておりません

目が覚めてから体に手術跡がいくつも増えていて

でも、意外と痛くはないなとか感心したり

 

ただし、

気管挿管の合併症の声帯麻痺が改善するまで退院待ちになったり

治療の過程で右手が麻痺して後に手術することになったりすることは

この時の私は知らない

 

ちなみに12月31日だけで医療費は300万越え

もちろん保険適用前の金額ですが

保険って改めて有難いですねぇ

2022年12月29日 ちょっと体調が悪いかなぁ

2022年12月30日 まだ、しんどいなぁ。寝とくか

2022年12月31日 あ、ちょっと無理かも(姪っ子にLINE)

 

こんな感じで、劇症型心筋炎で入院することになる当日まで

「ちょっとしんどい」「今回の貧血はひどいかも」くらい

姪っ子にLINEした時も、まさか心臓が止まりかけているとは思わず

「家に食べるものないし、買いに行くのは無理」な感じでHELP要請

 

で、本人は「何か食べれば良くなるだろ」程度に考えていたのに

「よーこが助けてっていうのはおかしい」と

姪っ子とともに姉が登場 ;つД`)

 

後で聞いたところ、この時の私は自分で思っていたよりひどい状態で

すでに顔面真っ白だったそうな

 

姉は救急で受け入れてくれる病院を探すため

手当たり次第に電話してくれたのですが

12月31日なので、そもそも病院が開いてない

 

救急対応している病院でも「強皮症で~」って伝えると

うちでは診られませんと断られる

姉は怒ってましたが、後に断ってくれていて良かったかもとなる

 

救急車を呼ばなかったのは、

まだまだコロナ禍で第5類に移行する直前の第8波真っ只中

受け入れ先が簡単に見つからないだろうという判断からですが

これが、後に正解だったと判明する

 

結局、私が強皮症で通院している大学病院に電話して

救急で診察してもらえるかを打診

最初は「皮膚科の主治医がいないし」と渋られたそうですが

「他で断られたのにどうしろと?」という姉の怒りが通じたようで

救急外来で診察してもらえることに。

 

ここから1月中旬にICUで目覚めるまでの私の記憶は

・病院に着いて、救急の入り口を姉たちに教える

・診察台に寝かされて、皮膚科当直医の背中を見てる

・水が飲みたいと言ったらしくペットボトルを渡されるが開けられず

・「COVID陽性です」的な声で周囲がザワつく

 

~ここで暗転、ICUで明転~ 

 

みたいなイメージ 

 

でも、実際には私はもう少しお医者さんと話をしていたっぽい

全く記憶にないのですが「背中が痛い」と言ったところから

「心筋梗塞かも」ってなって

CT撮ったり、心電図検査したり、入院が決まってコロナ検査したりetc...

 

とかやってるうちに、どんどん容態が悪くなり

後で聞いたところによると収縮期血圧が50mmHg台だったとか

どうりで意識がないはずだわ

 

そんなこんなで、循環器の当直の先生が呼ばれて大動脈内バルーンパンピング

アドレナリン投与されてもショック状態が続いていたことからICUへ

ここでECMOとIMPELLAを併用するECPELLAという治療を受けることに

 

エクモはコロナのニュースでもたびたび耳にすることがありましたが

インペラは当時、それほど聞く機会がなかったかなぁ

私も入院中に主治医から初めて聞いたかも

 

今でも、大学病院の先生方に

「うちに来るっていう判断が良かった」

「救急車を呼ばなかったのが正解だったと思う」と言われるのは

エクモとインペラですぐに治療しないといけない患者を

診察できる病院はそうそうないから

 

あれよあれよという間に入院、手術が決まった私は

このあと2週間ちょっと眠り続けますが

その間、姉には「覚悟してください」

という連絡が入っていたそうで。

 

本当に心配をかけて申し訳ないm(__)m

 

今思い返すと、全部が上手く噛み合ったから私は生きているんだなぁと

しんどいから寝とこうって寝てたら、そのまま心臓止まってた

でも、そこまで想像できるほどのしんどさだったかっていうと微妙

そう考えると生死の境目って意外と曖昧なものだったりするのかも

劇症型心筋炎で死にかけてからちょうど3年

3カ月~半年ごとに術後の経過観察で通院していましたが

今日、2026年3月26日で無事に経過観察期間終了となりました♪

 

ちなみに、今日の診察で循環器内科の先生からは

「あんなことになってたとは思えないくらい元気な心臓です」

とお墨付きをいただくほど回復しています。

 

ここまで回復できたのは

強皮症で大学病院に通院していたとか

強皮症のせいで近所の休日診療の病院では受け入れてもらえなかったとか

仕事が休みだった姉が様子を見に来てくれたとか

その姉は10日ほど前に日本に帰ってきたばっかりだったとか

色々な偶然と私の持ってた運の良さがいくつも重なったおかげ

 

というわけで、強皮症の時と同じように劇症型心筋炎についても

記録として残しておこうかなぁと。

 

ただ、強皮症と違って劇症型心筋炎の経過のほとんどは

私が全身麻酔で眠っている間に終わっていたので

「あの時はこうだった」とお医者さんや姉から聞いた話が多いのです。

 

とはいえ、劇症型心筋炎自体がよくある疾患という訳ではなく

今の日本の医療でも致死率20~60%、予後も人それぞれということで

同じ病気になった方の参考になれば良いかなぁと

太陽の塔と向かいにちょこっと映っているミャクミャクを見ながら思いつきました

 

何回かに分けてのんびり記事にしていきます~

 

 

 

ステロイドといえば副作用

ありとあらゆる副作用が網羅されていますが

太る系の副作用が一番有名なんじゃないかなぁ

 

顔が真ん丸になるムーンフェイス

お腹周り(内臓)に脂肪がつく中心性肥満

首の付け根に脂肪が蓄積して盛り上がるバッファローハンプ(野牛肩)

どれもこれも名前からして嫌な感じ

 

私の場合、最初に太ったなと思ったのは強皮症の症状だったむくみのせい

2020年4月にベトナムから帰国した時の体重は52キロくらい

2021年に入院する直前は体重65キロ(一晩で5キロくらい増えたことも)

退院時はむくみが改善されて58キロ

体脂肪率は22%から30%超えくらいまでいったかも

 

これは強皮症と診断される1年ちょっと前

2019年11月@HongKong

 

これは検査入院から退院した直後

2021年の5月@東京

この頃から顔が丸くなり始めます

 

せっかく撮ってもらったショーの写真を

体型比較に使うのは申し訳ないですが

わかりやすいっちゃわかりやすいので

 

退院した直後のショーは、正直なところ

「人前に出るの嫌だなぁ」って気持ちでした

 

皮膚硬化も完全に元通りではなかったので

体の動きも制限されるし

見た目も自分自身で納得できるものでは・・・

しかも、入院のせいで練習期間が取れず

 

が、ここで「嫌だな」の気持ちに負けると

もう人前に出られなくなる

何で私が負けなあかんねん!

と持ち前の負けず嫌いが発動されまして

 

とはいえ、この時は約1か月で20㎎から10㎎に

ステロイドを減薬した時で痒みとむくみが絶賛再燃中

 

出番までの待ち時間もイライラ

楽屋などでお会いする他のダンサーさんと

お話しするのもしんどいなぁ、めんどくさいなぁって気持ち

 

この後もしばらくは「負けるもんか」の気持ちで

コンペに出たり、呼んでいただいたショーで踊ったりしましたが

ステージに立つ以外の時間がしんどすぎて不愛想になってたはず

 

あの時にお会いした方々、ごめんなさいm(__)m

今ならもう少し愛想を振りまけるかもしれません

 

で、再燃したということはステロイドを増量するわけですが

15㎎が10㎎になって再燃したから15㎎に戻すわけではなく

症状が強く出てしまっているのでぐーんと戻って20㎎なのです

 

一度、再燃したということで以降はステロイドの減薬は超スロー

さらに、免疫抑制剤も追加しながらの減薬という方向で

 

最初に服用した免疫抑制剤は「プラケニル」

本来はSLEに使用される薬ですが、医師の判断で強皮症に使用されることもあるそうで

服用前と定期の眼科検診が必要と言われたので検診を受けて異常なし

ステロイド20㎎+プラケニルで様子見スタート

 

が、3か月ほど経っても効果らしい効果が感じられず

ステロイドの減量もできないので

別の免疫抑制剤「ブレディニン」に変更

これが合っていたようで、のんびりペースながら

ステロイドの減薬が再開できるように❤

 

15㎎までは浮遊感が強く、歩いてるだけで頭がふらふら

15㎎~10㎎までは、まだまだむくみや体重増加、筋力低下を実感していて

10㎎を切った辺りで、やっと体重以外は何も影響がないかなって感じに

 

10㎎を切る直前にアクシデントもありましたが、それはさておき

ステロイドの副作用とか、病気自体の症状とかって見た目でわからないことも多く

見た目でわかったとしても痛みや痒み、精神的な辛さは人にはわからないもの

 

決して若くはない私でも

太って見た目が変わったり

思い通りに体が動かなくなったり

血行不良のせいで

白髪は増えて爪は脆く欠けやすく

夏でも指先が割れて傷だらけなったりしたら

それだけでストレスMax

 

薬がゼロになることはないとか

定期的な通院は恐らく一生続くとか

ってことは、私はもう海外に住めないってこと?

とか考えると

ってなります

 

でも、そこで再び負けず嫌いが発動

勝手に病気にしといて←誰がw

私がこのまま引き下がるとでも?

みたいな感じで

 

やりたいことをやらないとしても

それは私が決めたこと

病気をコントロールしてるのは「私」

っていう気持ちをキープしています

 

─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─

 

今回まとめた強皮症の記録は

こんな症状もあるし、こんな検査や治療もあるし

こんな薬も薬の組み合わせも色々あるし

こんな感じの経過を辿る人もいるっていう

サンプル的なものだと思ってもらえれば良いかなぁ

 

良くも悪くも自分と違うことを気にする必要はないし

自分の方がマシって希望になるならそう思ってくれてもOK

 

私は、このまま症状が落ち着いてくれれば良いなぁ

と思いながら通院と服薬を続けていきます!

2週間くらいかなと言われていた入院生活ですが

ステロイドの減薬期間があったせいで3週間超え

病室の窓から遠くの公園に咲く桜の花を見ていました。

が、20㎎まで減薬できたおかげでやっと退院

 

当時の私は、禁煙しておいて良かったと実感していたらしい

今、禁煙6年目になりますが

これまでタバコを吸いたいと思ったことはないです

改めて、やっといて良かったと思うことの一つですね

 

退院の際、免疫力が落ちているから人混みは避けて

手洗いやうがいはしっかりなどの注意を受けましたが

2021年4月頃は世の中すべてが

「除菌」「滅菌」「三密回避」な時期だったおかげか

元々の免疫が強すぎたせいか

薬のせいで風邪をひきやすいとかいうこともなく

何ならだれよりも元気(ง •̀_•́)ง 

 

でも、ステロイドの副作用はじわじわ実感し始めるのです

単に太るっていうわけでなく「丸くなる」感じ

あと、毛細血管が目立つ&顔に汗をかけなかったせいで

すぐに顔がほてってしまい尋常性白斑が目立つとか

浮遊感のせいで階段から落ちそうになったり

ステロイドの副作用としてのむくみがあったり

筋力が一気に衰えたり・・・

 

世の中がコロナで大変な時期ではあったものの

お出かけできない、常時マスク着用できるっていうのは

色々な副作用に悩まされている私にとっては意外と救いでもありました

 

お医者さんとしてもステロイドは減らせるなら減らしたいと

退院後の2回の通院で20㎎⇒15㎎、15㎎⇒10㎎と減薬したのですが

10㎎に減らした数日後には、再び全身の痒みに悩まされることに

 

っていうか、何で痒みが一番に出てくるねん!

 

というわけで、退院後1か月半ほどでステロイド20㎎に逆戻り

そこから、長い長い減薬期間に突入していくのです

強皮症は抗体によっても症状が全く異なったりしますが

同じ抗体を持っていても症状は人それぞれ

ということは、治療法や使用する薬、経過も人によって違うもの

 

入院中の教授回診で

「あなたの症状はnot typicalだから」と言われましたが

これは良い意味でも悪い意味でもなく

単に「非典型的なだけ」っていう説明でした

 

この時の私の気持ちは

「ルー大柴か?」

補足で日本語使うなら最初から使えや

 

そんな「not typical」な私が飲んでいる薬は

2026年2月現在

※免疫抑制

・プレドニン錠5mg

・ブレディニン錠50mg×3

※ブレドニンを飲むための胃薬

・ファモチジン錠

※抗カルジオリピン抗体陽性&ステロイド服用による血栓の予防

・バイアスピリン錠

※レイノー予防、改善のための血管拡張薬

・ユベラ錠50㎎×8

※ステロイド性骨粗鬆症の予防

・アクトネル錠(月1回)

※血行不良による指先の傷に

・エクラープラスター(貼り薬)

※強皮症ではない症状の緩和用

・メチコバール錠500μg×3

・トアラセット錠(屯用)

 

朝の薬が一番多いのですが

飲んでいるところを見られると

「おばあちゃんの量やで」」とツッコまれます

 

レイノーを繰り返すと血栓症のリスクが上がるらしく

とにかく体を冷やさないことっていうのも繰り返し言われました

強皮症以外の膠原病も冬に症状が増悪しやすいらしいので

血行促進、血流増加重要!!

 

この時、説明しておいてほしかったなぁと今でも思うのが

骨粗鬆症予防薬として飲んだアクトネルのせいで

歯科治療に色々と支障が出ること

歯医者さんには注意書きがありますが

自分が薬を飲む立場になるまで気にもしなかったなぁ

 

免疫抑制、血行不良って歯周病や虫歯のリスクを上げる要因ですが

どれだけ気を付けても追いつかないのよ~

 

服用している薬を伝えているはずの歯医者で

「口腔内の環境を良くするには免疫アップ!」みたいなことを言われ

遠くを見つめながら「そうですねぇ」って返事したことも

 

まぁ、飲み始めてしまったものは仕方ないので

減らせるものは減らす、止められるものは止める

でも焦らずにねって感じで落ち着いてます

 

30㎎からスタートしたブレドニンが20㎎に減るまで

退院できないというのが病院のルールで

この時は1週間で20㎎まで減らして退院

 

退院後は2週間ごとに通院することになるのですが

ここで順調にいくかもと思った減薬に失敗

見事なまでに症状が再燃することに

 

続きは退院後の通院から~

2021年3月 私にとって初めての入院生活スタート

で、初めて知ったのですが

病院って入院してても基本は土日お休みなのね

 

もちろん、看護師さんやお掃除の方などはいますが

よっぽどじゃなければ検査はなし。

入院患者は手持無沙汰な土日を過ごすことになるのです。

 

コロナ以前は外出したり、面会に来てもらったりって

土日の楽しみ方も色々あったのでしょうが

この時は、差し入れの受け渡しすらNGだったはず。

 

初入院で準備不足だった私は

病院の地下にあったファミマに助けられました。

 

検査続きの1週間を終え、土日を乗り越え

ようやく検査結果の説明を受けるのですが

 

まず、聞かされたのは

全身性強皮症という病気で確定であること

抗RNAポリメラーゼIII抗体陽性なので悪性腫瘍を併発しやすく

色々ながん検査、内臓病変の検査をしたこと

腎クリーゼという命に係わる病気のリスクが高いこと

抗カルジオリピン抗体 という抗体も陽性になったこと

アトピーの重症度を評価するTarc値がかなり高いこと

検査の結果、無汗症ではないけど減汗症

ただ、普通は強皮症と併発しないんだけどねってこと

円形脱毛症とか尋常性白斑とかも自己免疫が関係してるかもってこと

などなど

 

正直、いっぱいありすぎて

「はぁ」としか言えない内容でした

 

その次が治療の進め方

幸いなことに内臓病変は一切なし

皮膚硬化についてはステロイドの服薬と塗布で改善できるはず

腎クリーゼについては良い薬があるので発症後すぐに治療すれば大丈夫!

減汗症の治療はステロイドパルスが普通だけど

抗カルジオリピン抗体が陽性だと血栓症のリスクが高いから様子見

Tarc値が高いのは皮膚内部で炎症が起きてるから

 

というわけで、私は基本的に健康体なことが証明されました

幸か不幸か、強皮症と診断されたことで

早いタイミングで治療がスタートでき

内臓の硬化も避けることができるだろうと

 

皮膚硬化はステロイドの服用や軟膏の塗布で改善できるらしいですが

内臓硬化は不可逆的とのことで硬化させないことが大事

腎クリーゼは急激に血圧が上がるので自分でもわかるらしい

なので、血圧ちゃんと測ってねって言われました。

 

Tarc値は高いのは今も変わらずで

重症とされる1000 pg/mlは軽く超えていますが

アトピーの症状だけでなく肌の炎症による痒みなどもないです

数値は700くらいから1500近くまで変動しますが

だからって体調に変化はないので

「そういう体質なんだろうね」ってことになってます

 

検査結果が出たので、とりあえずステロイドの服薬がスタート

最初は一気に火消しをするということで30㎎から

 

「これ飲んだらスンって痒みがなくなるはず」

とお医者さんに言われましたが

実は、ちょっと疑ってました。

 

が、朝と昼の2回分くらいを飲んだだけで

「あれ、痒くないよね」となり

2,3日服用しただけで

「痒みで目が覚めないのは何か月ぶり~(⋈◍>◡<◍)。✧♡」と

絶大な効果を実感することに。

 

この時に30㎎からスタートしたステロイド

5年後の今は5㎎まで減薬できました!

途中で2回ほど増薬しなきゃいけないタイミングがあり

かなり、ゆっくりペースの減薬ですが

「焦って再燃したらもったいないからね」ということで

ステロイドとはのんびりお付き合いしています

 

とはいえ、他にも飲まなきゃいけない薬はいっぱいあり

そのせいで、色々なことに支障が出たりもします

 

・・・続く