気持ちよい毎日を

気持ちよい毎日を

食べるの大好き、作るのまあまあ好きな私がどこまで頑張れるか。
毎日、いろんなこととにらめっこ。
悩みながらも進んでいこう。

基本のんびりしています。
おいしいものをとことん追及します。

こんな私でよければお気軽に絡んでくださいね。


せっちゃん(叔母の名)の梅干し、実家から少し貰ってきた


酸っぱいチュー


でも、昔ながらの梅干しの味だ🔴


おいしい!


梅干しって賞味期限無いのだろうか

勿体なくて食べられない



昨日、実家に寄り、母の様子をみに


父の日だったので、本屋で「センダイ・タイムマシン」という昔と今の仙台の写真集を買ってプレゼント


喜んでくれました



母は、相変わらずかぼちゃを煮たり、煮物を作ったりしていた



実家に寄った日は、我が家の食卓には実家と同じメニューが並ぶ



いらないよ!って遠慮していた母の料理も最近は進んで貰っている



曾孫の顔が見たいと言われるけど…ちょっと叶えてられそうにないかな



大好きだった母の方の叔母が一昨日の朝、急逝しました

美田園の施設で

朝ごはんの前に、おトイレに行こうと施設の人に介助されながら意識を失ったそうです


そのまま救急搬送されましたが、もう意識は戻らなかったそうです…


私は仕事で、その事を知ったのは仕事終わりにスマホを見た15:00頃でした


母が心配で、帰り道、実家にまわり様子をみに行きました


母は電話中


バタバタとお通夜やお葬式のことを知り合いと話してました


流石に泣きくれていてはいませんでしたが、ふとした瞬間に泣いてました



とうとう兄妹が誰もいなくなってしまったと



自分一人になってしまったと



おばはとても料理が上手で、娘である私のいとこもその血を受け継いでいます



春は草餅、夏はしそ巻、梅干し、秋ははらこめし!!



特に梅干しとはらこ飯は格別の美味しさでした



叔母から譲って貰ったゆず砂糖、、勿体なくて使えません

いつまでも冷凍庫に入れて置いて大事に使おう



もうあのはらこ飯や梅干しは食べられないと思ったのは2年前。


5年前に叔父が亡くなってからはやる気も失せ、一人暮らしになって料理を作らなくなりました


それでも2、3年梅干しは作っていたのですが、施設に入ったのが昨年の6月


それからは完全に生きがいであった梅干し作りも出来なくなってしまったのです


施設に入って1年も経たずに旅立ってしまった叔母



母は美田園の施設に行くのにはもう遠すぎて思うように面会出来ず、歯がゆい思いのようでした



久しぶりに会えた姉の顔を見るのは酷なようでした



お通夜で喪主である次男のいとこがこう告げた時、涙がでました



「今頃、先に旅立った兄、父と3人で楽しく会っていると思います」と



叔母は、旦那さんより先に長男の死も経験しています



向こうで楽しく梅干し作ってるといいなぁ

とうとう6月になってしまった

水無月

梅雨なのに水の無い月とはこれいかに?


今年の梅雨は早くきそうです 


久しぶりに寒い梅雨を感じてます


1995年の6月、息子が生まれた仙台はとても寒く、それでなくても実家の座敷はひろいのでさらに寒かった…


小さな息子と、まだまだ分からない母親の私は、あえてミルク(母乳ね)とミルクの間はひたすらひよこクラブを読んでいた始末…


ねてないから母乳も思うように出なかったのか、息子はいつも泣いていた


ミルクを足すと今度は大量に吐く🤮枕元は息子のゲ◯まみれになっていた


今思えば結構出ていたのでは?と思う


カチコチになった胸は痛くて痛くて…母乳外来に行ったほどだったのだ



赤ん坊は神様なんだから泣かせるな!と両親に言われたが、私も泣きたいくらいだった



一ヶ月で自宅のアパートにもどり、実母には泣かれたが私は嬉しかった


親からの圧がない方が気楽だったから笑い泣き


母は今でも私の長男のことをすごく可愛がってくれる




寒い梅雨がくると31年前のあの頃を思い出す