【死により分かたれた少年と少女の物語】
少女 じゃ、もう行くね。
ふわりと少女は、空へ昇って行こうとした。
その手をつかまえて、少女が去るのを阻止する。
少女 なに?
少年 いやだ、もう少し、いっしょにいたい。
少女 あれあれー、どしたの?
いつも塩対応だったのに、未練タラタラじゃん!
そう言って、ニカっと笑う少女。
死んでしまったとは思えない、あっけらかんとした表情だ。
少年 なんだ、生きてるぼくのほうがぐずぐずじゃんか。
そう思って、涙をふく。
少女は、そんなぼくの顔をのぞきこむようにして、
少女 まあまあ。そんなに落ち込まないで。
死んでもわたしはほら、こんなに元気だしさ。
少年 それがなんだかなー、調子が狂うっつーか。
あたまをくしゃくしゃかきむしる。
少女は大きな目をくりくりさせて、
少女 なんかさー、こっちの世界来て、最初は戸惑ったけど、なんかいろいろ思い出しちゃって。
伏線回収っていうの?
なんであんなだったかなーとか、いろいろ疑問に思ってたこと、全部、意味あったんだなあって。
なんか納得しちゃって。
そしたら、執着っていうか、そっちの世界のこと、もういいやって思えて。
少年 ぼくのこと、もう、どうでもいいのかよ?
不満そうにつぶやく少年。
少女は少しさみしそうな顔をして、
少女 そんなことないよ!そんなことないけど、あなたには友だちもたくさんいるし、新しい出会いも待ってる!だから、わたしのことは気にしないで。忘れてくれていいから。
少年 そんなこと、言われて、はい、わかりましたなんて、言えないよ!
もっともっと、きみとなかよくしとくんだった。照れて、硬派ぶって、気のないふりして、バカだった。もっと自分に素直になれたらよかったのに。
少女 いまは素直になれたんじゃない?
その気持ち、忘れなければ、これからのあなたの人生、きっとよくなるから。人間、素直が一番!草葉の陰から応援しております!
少年 ねえ、もう会えないのかな。こうして。
少女 それは、だからあー。あなたに会えるってことは、わたしがこの世にとどまり続けるってことで、そうすると天国への扉が閉まっちゃうから、わたしはこの世でユーレイさんになっちゃうんだって。
わたしはそんなのいや。
だって、あなたはドンドン歳をとってくけど、わたしは変わらないんだよ?
あなたはこの世のことが忙しくなってわたしのことなんか忘れるでしょ。いまは覚えててもね。私の姿なんて見えないんだからね、そう、いつか忘れる。
そうなったら、わたしがさみしすぎるじゃない?
だから、いま、バイバイするの。わかって。
そうまくし立てるように言われると、少年は納得するしかなかった。
少年 そうなのか。そこまで考えなかった。死んだらどうなるか、なんて考えたこともなかったし。
少女 それはまあ、当たり前よね。だって、みんな自分が死ぬことなんて考えないもの。どう生きるかは必死になって考えるけどね。死はどこか遠くの、絵空事みたいに思えるのよね。わたしも生きてるときはそうだった。なんで、世の中ってうまくいかないんだろうって、そんなことばかり考えてた。ほんとはすてきなこともいっぱいあったのにね。すてきなことも、当たり前になると、わからなくなるものなのね。自分が死んで、はじめてわかるのかもしれない。当たり前がほんとは当たり前なんかじゃないってことを。
少女は話し出すととめどなく言葉が出てくるのだが、少年はそんな少女の長い話を聞くのはイヤじゃなかった。少女の少し甘えた感じの声が好きだった。まっすぐに少年の目を見て話す、少女の瞳の輝きが好きだった。
少女のさらさらの髪が風になびくのを見るのが好きだった。
少女の小柄な背丈も、少年よりひとまわり小さな身体も、細い手足も、少女を構成するあらゆるパーツが好きだった。
つまるところ、少年は少女に恋をしていた。
ただ、それが恋だとわからずに、無自覚だった。
無自覚だったから、つっけんどんにした。
少女にかまわれると逃げ回った。
女となんか遊べるか、と硬派ぶったりもした。
そんなだから、少年と少女はしょっちゅうケンカしていた。まわりはそれを
また、夫婦げんかしてる
と言っていた。
生前の少女との思い出が走馬灯のように少年の脳裏に現れては消えていった。
そう、少年は失恋したのだった。
少女の死という現実によって。
少年 なのに、なんでなんだよー!なんで、そんなに元気にくっちゃべってるんだ?
もうちょっと悲しいムードとかないのかよ?
少女 だって、ほら、わたし、湿っぽいの、いやだしさ。明るく見送ってほしいなあ、なんて。
そう言って、ニコニコ笑う。
そうだ、こいつは生前からいつもご機嫌なやつだった。
死んでも性格は変わらないってことか。
少女 じゃ、もう行くね。
ふわりと少女は、空へ昇って行こうとした。
もう少年は止めようとはしなかった。
手を振りながら空へ昇っていく少女を見送りながら,とめどなくあふれる涙をおさえることもしなかった。
また、いつか会える。
そんな予感だけが、少年の心をなぐさめるのだった。
了
2024.2.3 谷よっくる