この世界は多様な個性、多様な価値観に彩られている。
みんな違って、みんないい
という価値観は、
私は、多様な個性のことだと思っていて、
多様な価値観がみんないい、とは
とても言えない。
人殺しの価値観は受け入れられないと思う。
極端な話だけど。
だが、金太郎飴のような、判で押したような
価値観には違和感を覚える。
特定の価値観を主張するために意見を述べる場合は、他の価値観を語るとなにが言いたいのかわからなくなるので、特定の価値観に絞ってズバッと言う方がよい。
それは多様な価値観がある中で、自分はこれを信じますよ、と主張すること。
それを否定するとコンフリクト(衝突)が起こる。
この不協和音をまき散らすのは、あまりよろしくない。
不協和音も波動だから、世界に広がっていく。
不協和音の発信者になってはいけない。
なんで、こんなことを書くか?
特攻隊の話を美談にするのはいかがなものか、
という論点がある。
ある人は、外道の策であり、戦術として、とってはならない、下策であると。
また、ある人は、特攻隊の若者たちの精神性の高さに着目し、称賛する。
また、ある人は、軍部に日本全体が洗脳されていたんだから.本当は行きたくなかったに違いないと。
私は、どの説にも一理あるような気がしている。
特攻隊をどのように評価するか?
これは多様な意見があっていい。
それくらい、重要なことだ。
精神性が高い国と言われている日本で起こってしまった悲劇。
この歴史からなにかを学ばなければ。
夏になると戦争のことを考えるのは、
終戦記念日があるからだと思うが、
戦争のことは忘れてはならないし、
その中で一生懸命生きようとした人たち、
先達たちのことをバカになどしてはならない。
そんな資格が現代を生きるわれわれにあるとは思えない。