男女の愛のあり方については人間として生きてる以上、決して避けては通れぬところで、私も半生を振り返ると大過なく過ぎてはきたものの、思い悩むのは日常であったと思います。
それは現在も進行形で続いている。
自分にとっては苦手科目という意識もあり、今まで話題に取り上げてこなかったけど、
今年は自分の闇と向き合う
というお題を天からいただいたので、
つづってみようと思います。
男女の愛にはセックスという行為が絡んできます。
昔は男女で友人関係は成り立たない!
なんて、某トレンディドラマでのたまわられてるのを聞き、
若い私は妙に納得していましたね。
SNSだとバーチャルな友人関係がほとんどなので、時代は変わったなあと思います。
たぶん、深い友人関係、親友とかのことを言ってたんだろうなと思いますが、
特に男性はなかよくなった女性に恋心を持ちやすい、というか、身体が反応したりする生き物なので、友人関係が深まってくると、次のステージにいくかどうか思い悩むのかも。
神様が与えてくれた肉体には
男性と女性で異なる部分があり、
男性にはさおがあり、
女性にはほとがあります。
(きゃっ、言っちゃった❣️)
大人の男女が生殖するための器官を
与えられているのです。
それには善も悪もなく、
それをどう使うかで、
善悪が生じます。
ものごとはすべてそうで、
たとえば原発だって、使い方次第で
善にも悪にもなり得るもの。
まあ、長年使ってみた結果、
メリットが大きい分、
デメリットも顕著になってきましたが。
だからといって、原発イコール悪ではない。
最初から悪人はいないのと同じで、
育ってきた環境により犯罪に走ったりして、悪人と呼ばれたりするようになるのです。
だから、セックスという行為にも、男女の愛を育むプラス面と、欲望のはけ口となるマイナス面があるわけです。
長くなりそうなので、続きはまた。