
(絵は植松宏子さん)
(「一凛の鈴」より)
【霊猫シャチ】
リンと、鈴の音がした。
また、あのコが帰ってきたんだわ。
そう思い、部屋を見回す。
すると、うっすらと、猫の形をしたモヤのようなものが、ゴソゴソと、部屋を徘徊している。
その猫は、我が家に20年、居候したあげく、一週間前に、ふいと、あの世に旅立っていった。
最後の一年間は、部屋の中でゴロゴロと寝てばかりだった。
ほんとに、眠るように、逝ってしまったのだった。
でも、それから毎日、このように、リンと鈴の音がして、がさごそと部屋をあのコが徘徊する気配がするのだった。
「シャチ、そこにいるの?」
私が呼びかけると、
シャチは、いつものように
ニャア
と鳴いて、
自分の作業に没頭している。
そう感じられた。
何か探し物でもしているのかな?
何かこの世に未練でもあるのかな?
心配になった私は、シャチが好きだったものをあれこれと思い巡らせた。
時折、シャチの首につけていた鈴の音がリンリンと鳴っている。
それが、目に見えないシャチの存在を証明するかのように。
シャチは、お腹がすいてるにちがいない。
そう結論づけた私は、残っていた高級ねこ缶の封をあけ、シャチの皿に大盤振る舞いに盛り付けた。
「さあ、おあがり。あの世では、こんなご馳走食べられんでしょ?」
この世の素晴らしさの一つは、おいしいものを食べられることだという。
あの世では食事をして、維持しなければいけない肉体というものがないため、あの世の住民は食事をしないのだ、という話を以前、どこかで聞いたことがあった。
でも、それって、つまらなくないかしら?
ぼんやりとそんなことを考えながら、シャチの皿を眺めていると、生前、シャチがおいしそうに食事している姿が思い出されて、泣けてきた。
思えば、小さなシャチをもらってきて20年間、よく連れ添ってくれたと思う。
私の人生の一番つらい時期に、心の支えになってくれた猫だった。
マイフレンド、シャチ。
人間以上に私に親しい、親友だった。
この浮世を、私が生きてくることができたのも、シャチがいたからに違いない。
わがままに外に出かけ、
気ままに帰ってくる。
そんな自由なネコだった。
そんな思い出をかみしめていると、また、リンとシャチの鈴が鳴った。
私は、シャチの仏壇に、毎日、猫缶を供えようと思った。
そして、シャチの鈴が鳴らなくなるまで、毎日シャチのことを思って暮らそう、そう思った。
「私があの世に行ったら、また遊ぼうね。」
私がそう言うと、
ニャア
と、シャチが答えてくれたような気がした。
谷 よっくる