【幼き姫と勇気ある少年の物語】


昔、あるところに幼き姫がおりました。
姫は、両親の愛の結晶として生まれた初めての子でした。
母は、姫をそれはとても慈しみ、育てました。
姫も、母の愛を一身に受けて、健やかに成長しました。 

ある日、姫は、一人の少年に出会いました。
少年は、とある事情で、養子として引き取られてきました。
そして、姫と将来は結婚することを両親が決めたのでした。 

幼き姫は、まだ結婚とはどういうものかわかりませんでした。
でも、初めて男の子の友達ができて、とても喜びました。
いつも、母や乳母や召使いの女性たちに囲まれていたので、男の子の存在がとても珍しかったのでした。 

少年も、勇ましい父親に厳しく育てられてきたので、女の子と遊ぶことなど今までありませんでした。 
二人は実の兄妹のように、なかよく遊びました。 

姫は、少年が剣の修行をしているのを傍らで眺めているのが好きでした。
少年は武士として剣術や弓、槍など、武芸百般に秀でていました。
そして、毎日、腕を磨くべく、大人達と一緒に稽古に励んでいました。 
少年がくたくたに疲れて、一休みしていると、姫が駆け寄ってきて、ぬれた布で少年の体をふいてあげるのでした。 
大人達も、そんな小さな二人を微笑ましく見守っていました。 

でも、時は戦乱の世がまだ続いておりました。
平和な時間は長くは続きませんでした。

少年の父親は、姫の父親と仲が悪く、姫の父親に少年を人質に送ることで衝突を避けていました。
姫の父親の方が大勢の軍を擁しており、刃向かうには分が悪かったのです。

しかし、少年の父親も野心家であり、ついに姫の父親と対立してしまい、姫の父親の差し向けた軍勢と戦い、散っていったのです。

少年には、そのことは秘密にされていましたが、人々の噂話に戸を立てることはできず、ついに少年の耳に入ってしまいます。
少年の驚きはいかばかりだったでしょうか。
少年は仇である姫の父親を恨みました。
でも、自分の力ではどうすることもできません。
すっかりふさぎこんで、表に出てこなくなりました。 

姫は、そんな少年を心配して、こっそり少年の住む部屋を訪れました。
少年は、壁に父の名を刻んで、一生懸命、冥福を祈っていました。
姫が声をかけると、少年はとても驚きました。
そして、姫に向かって言いました。 

「姫よ、もう私と会ってはならぬ。 
私と姫は仇同士になってしまった。 
私の父と姫の父上がけんかをして、 
姫の父上が勝ったのだ。 
私の父は無残に殺された。 
だが、それは姫のせいではない。 
私は、姫の父を許せない。 
いつか、仇を討たねばならない。 
それがサムライのつとめなのだ。」 

姫はとても驚きました。
そして少年に言いました。 

「父上が何をされたのか存じません。 
けれど、私は、あなたのことが好きです。 
いつまでもなかよくして頂きたいのです。」 

少年は姫を抱きしめると、 

「姫よ、私もそなたのことがかわいい。 
できれば、ずっと一緒にいたいと思っていた。 
けれど、戦国の世にあって、それはかなわぬ。 
今生で別れることがあっても、あの世では添い遂げようぞ。」 

そう言うと、姫を放して、部屋を出るように言いました。 

姫は、ぐすんぐすんと泣きながら、母上の部屋に行きました。
そして、母上にすべて話しました。
母上は、姫の話を聞き終えると、 

「姫や。あなたの気持ちはよくわかりました。 
私も父上と出会った頃は、純粋な気持ちで父上を愛し、何があっても 添い遂げようと誓ったものです。 
父上は冷たいところもあるお方ですが、本当はとても優しい方です。 
自分の幼い時と似ているあの子のことが憎かろうはずはありません。 
私から父上にお願いしてみますから、心配しないようになさい。」 

「母上、本当ですか?」

不安そうに見上げる娘を、母上はやさしく抱きしめ、その髪の毛をなでるのでした。 

しかし、ことは急展開を迎えます。
少年の処刑が内密に決められてしまったのです。
少年の助命を夫に願い出た姫の母上でしたが、夫のつらそうな表情を見て、それがかなわぬことを悟ったのです。 
母上は、一計を案じました。
少年に女の恰好をさせて、侍女数名とともに、脱出させたのです。

少年が家を出る姿を、姫は母上とともに見送りました。
これが今生の別れになるとは思いもしませんでした。 

数日後に少年が逃亡先で斬られたとの噂が伝わってきました。
姫の耳にも入ってしまい、それ以来、姫は食事ものどを通らなくなり、病に倒れてしまいました。
母上は夫を非難しましたが、夫はただ黙って、言われるままになっていました。

母上は必死で姫を看病し、そのかいあってか、姫も少しずつ元気を回復しました。
でも、心にぽっかり穴があいたようになってしまい、ただ毎日をぼんやりとして過ごすのでした。 

あるとき、著名な白拍子がやってきて、父上の前で舞を披露しました。
あまりの見事さに父上は大層感激しました。

父上と一緒に白拍子の舞を見ていた母上は、娘にも見せてやりたいと思い、父上に頼みました姫


父上もそれはよいと、白拍子に姫の前で舞うように命じました。 



やがて、白拍子が姫のところにやってきました。
そして、姫の前で、見事な舞を披露しました。
姫にはその舞に秘められた白拍子の想いが伝わりました。
白拍子もまた、戦乱の世の中で、愛しい人と引き裂かれ、流されて生きているのでした。
姫の年不相応な憂いを帯びた表情を見て、白拍子も姫の心のうつろさに気づきました。
そして、自分と同じ心の闇を抱えている姫を不憫に思いました。

自分には愛した人との懐かしい思い出の数々がある。
これからも、その思い出にすがって、なんとか生きていこうと思っている。
でも、この小さき姫の心には自分以上に深い闇が巣くっているように思われる。
その闇を照らすことは、自分の力では無理であろう。
ただ、その悲しみに同情することしかできないだろう。

白拍子は姫の手をとって、はらはらと涙を流しました。
姫も白拍子の優しさを感じ、枯れていた涙を取り戻し、泣くのでした。 

あるとき、著名な高僧が姫の父上を訪れました。
その際に姫のことを聞いた僧は、姫を哀れに思い、少年の御魂が安らぐように祈祷をすることになりました。
祈祷には、母上も姫も参列しましたが、姫の心が晴れることはありませんでした。

僧は、母上と二人で話をする機会にこう告げました。 

「姫様には若い武士の魂が寄り添っておりますぞ。 

おそらく姫様と夫婦の誓いを立てたという、少年の魂でしょう。 


本来は、とっくにあの世に旅立つべき魂だが、姫のことを気にかけて 成仏できないでおるようです。 
ひとつ、私から姫に話して聞かせ、少年の魂が無事、成仏するように 説得しましょう。」 

母上も了承し、姫の部屋に僧を連れて行きました。
僧の話を聞くと、姫は、かぶりを振って言いました。 

「お坊様、私にはあの方の思い出があるだけです。 
悲しみに彩られた思い出だけが、私の生きている証しです。 
見えないあの方が私のそばにおられるなんて、にわかには信じられません。 
おられるなら、姿を私の目の前に現わしてほしいのです。 
今の私には、お坊様のお話を信じることはできないのです。 
申し訳ございません。」 

僧は姫が不憫でならなかったが、では、せめて、少年の成仏のために手を合わせるよう頼みました。
そして、姫と二人で手を合わせ、少年の魂が安らかであれと祈りました。 

その祈りは少年の魂にも届きました。
少年は姫を見守るために、姫のそばにとどまっているのでした。
姫が自分がここにいることが信じられないのは残念でしたが、それもやむを得ないことと思いました。
ただ、姫の悲しみは自分の悲しみでもあると、姫に寄り添いながら、姫の思いを感じ、涙するのでした。 

やがて、月日はめぐり、姫もついにこの世を離れる日がやってきました。
病がちだった姫は、成人してからも、いろいろと心労がたたり、早くに亡くなってしまいました。
父上や母上が姫の死を悲しむのを横目にしながら、姫は、眉目麗しい若者が輝きながら姫の前に立っているのに驚きました。 
姫は、若者のもとに駆け寄りました。 

「あなたはもしや・・・」 

「姫、お迎えにあがりました。」 

若者は姫をそっと抱きしめました。
若者からは懐かしいにおいがしました。
姫にはすぐにわかりました。
この若者が、姫の幼き頃に結婚の誓いを立てた少年だということが。 
姫は喜びの涙を流し、若者にすがるように抱きつきました。
若者は姫をやさしく抱きとめました。
二人は雲に乗って、空へと舞い上がっていきました。 

二人の様子を霊視した僧は、母上に言いました。 

「お二人があの世へと仲睦まじく昇って行かれますよ。 
こんな感動的な光景は見たことがありません。 
二人の純粋な思いは死をも乗り越えたのです。」 

母上は、あの世で二人が一緒になったと知ると、有り難さのあまり、泣き伏しました。 

二人はお互いの顔を見つめ、ほほえみながら、天国への道をなかよく昇っていきました。 

どっとはらい。

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