小さな妖精サラ 作: 谷 よっくる

(絵は矢田部涼子さん)

(絵は植松宏子さん)
第一章 南国の少女
小学生だった僕が、遠い異国の南の島で出会った少女、サラ。
年は僕と同じくらい、褐色の肌をした、白い歯を見せてニッコリ笑う、
僕の妖精。
疑うことを知らないその眼で見つめられ、僕はなんだか恥ずかしくなって、下にうつむいてしまう。
顔を上げたら、サラは高い高~い木に登って、木の実をもいでいた。
そして、スル~と降りてきて、一つを僕に手渡し、一つを自分の口に運んだ。
そして、またニッコリ微笑んだ。 ...
なんていう笑顔なんだろう!
まだ恋なんて知らない子どもだった僕は、すっかり舞い上がり、サラに首ったけだった。
短い短い夏のバカンス。
それは僕にとって最高の夏休みだった。
だけど、誰が信じられる?
あの、平和な南の島で戦争が起きるなんて。
テレビのニュースは遠い島で起きた戦争を小さく報じただけだった。
そのニュースに気づいた人はほとんどいなかっただろう。
僕と、僕の両親を除いては。
僕はサラが心配になって、また、あの島へ行きたいと駄々をこねた。
行ってサラを探して、助けなきゃ!
でも、両親が許すはずもなかった。
「きっとサラは無事で、元気だよ。」
僕をなだめるようにやさしく語る両親の言葉に、泣きながら僕はうなずくしかなかった。
子供である自分の無力さに腹が立った。
もし僕に大きな翼があったら、サラを助けに飛んでいけるのに!
泣きながら眠った僕は夢を見た。
サラが天使になって、大空を楽しそうに飛んでいる夢だった。
僕も飛んでサラのところに行きたかったけど、飛んで行けなかった。
サラは僕に手をふりながら、どんどん遠ざかっていった。
サラの行く方向に、大きなお花畑が広がっていた。
その時、僕はわかった。
わかってしまった。
サラハモウ、コノヨニイナイ。
…。
割れんばかりの絶叫!
僕ははねおきて、自分で自分をどうすることもできず、ただ叫び続けた。
僕はどうにかなりそうだった。
両親が暴れる僕を必死になって止めたけど、僕は泣いて、泣いて、
叫んで、叫んで…。
この世の終わりが来たかと思うくらい、泣き続け、叫び続けて、気絶してしまった。
ああ、神様。
いっそ、僕を殺して下さい。
サラを殺してしまうような世の中なら、僕は一瞬でもいたくない。
なんで、出会ってしまったのかな。
出会わなければ、こんな悲しい思いはせずにすんだのに。
「なぜ、出会ったんだと思う?」
「…」
「私たちは出会うべくして出会ったのよ」
「…、え?」
「あなたに愛の奇跡を教えるためにね!」
そう、そこには、サラがいた!
サラがいつものニコニコ笑顔を浮かべて、立っていた。
でも、なんで?
そこから、僕とサラの49日間の物語が始まった。
第二章 体がこわれても、たましいは、ずっと生きているのよ
その日から、サラと僕の、二人だけのレッスンが始まった。
サラが先生で、僕が生徒。
サラは僕より、少し年下だったはずなのに、びっくりするくらい、いろんなことを知っていた。
サラは僕にこう言った。
「私が死んだと思い込んで、あなたは泣いたでしょう?
でも、私はここにいる。
ここにいて、あなたとこうして、しゃべってる。
これがどういうことか、わかる?」
僕はうれしくなって、答えた。
「わかるよ。サラは生きてたってことだよ。」
サラは首をふって、
「ううん、ほんとはね、あなたの思うようには生きていないの。
私の体はね、あの日、突然起こった爆発といっしょに、粉々に吹き飛ばされたの。
ママが私をかばってくれたけど、ママも一緒に吹き飛ばされたわ。
それで、気がついたら、こっちの世界に来ていたの。」
「こっちの世界?」 と僕。
「そうよ。あなたが住んでる世界はね、こっちから見れば、あっちの世界なの。
つまりね、あっちの世界では私は死んだんだけど、すぐにこっちの世界に生まれ変わったの。
だから、自分では死んだなんて、ちっとも思ってないのよ」
こっちの世界と、あっちの世界?
僕は、すぐには信じられなかったけど、実際にこうして話していると、あの悲しいニュースの方が何かの間違いじゃないかと思えてきた。
でも、こっちがもし夢だったら大変だ。
そう思った僕は、サラの手をぎゅっと握ってみた。
サラの手はとてもあったかかった。
これが幻だとは、とても思えなかった。
「やっぱり、あのニュースの方が間違いだったんだね。だって君はこうして生きているもの」
サラは握った手をぎゅっと握りかえしてきた。
「そうよ。私は今、生きているわ。
あっちの世界にいたときより、もっと自由で、もっといろんなことができるわよ。
でも、この手のあたたかさをずっと覚えていてね。
私があなたとこうして会えるのは、限られた時間だけなんだから。」
僕は驚いて、サラを見つめた。
「えっ? そんなのやだよ。サラ、これからはずうっと一緒にいようよ。僕はもう、きみと別れたくない。」
僕は決してサラの手を放すまいと思った。
でも、そう思ったとたん、ものすごい睡魔が襲ってきて、僕はコテンと眠ってしまった。
サラのぼやく声が聞こえたような気がした。
「あ~あ、困ったちゃんだわね。
話が全然進まないじゃない。
でも、約束してたことだから、
でも、約束してたことだから、
時間の許される限り、精一杯教えてあげよっと。
それをどう生かすかは、
あなた次第、
なんだけどね。」
そう言って、サラは僕のほっぺにそっとキスしてくれたみたいなんだけど、僕はよく覚えていない。
第三章 三千世界の旅
「サラが死んだのに生きている」ということが飲み込めない僕を、サラはあの手この手を使って導いてくれた。
僕はサラに連れられて、不思議な旅をした。
こっちの世界にある、さまざまな世界を見せてもらったが、世界旅行なんてめじゃないほど、バリエーションのある世界で、見ていて全然あきなかった。
それから、一日に一回は、あっちの世界(僕たちの生きている世界)で、今、何が起こっているかを、ワイドビジョンで見せられたりもした。
サラの死んだ場所もうつしてもらったけど、
そう言って、サラは僕のほっぺにそっとキスしてくれたみたいなんだけど、僕はよく覚えていない。
第三章 三千世界の旅
「サラが死んだのに生きている」ということが飲み込めない僕を、サラはあの手この手を使って導いてくれた。
僕はサラに連れられて、不思議な旅をした。
こっちの世界にある、さまざまな世界を見せてもらったが、世界旅行なんてめじゃないほど、バリエーションのある世界で、見ていて全然あきなかった。
それから、一日に一回は、あっちの世界(僕たちの生きている世界)で、今、何が起こっているかを、ワイドビジョンで見せられたりもした。
サラの死んだ場所もうつしてもらったけど、
変わり果てた姿に、僕は絶句した。
あの楽しいバカンスを過ごした南国の楽園が、見るも無残な廃墟となっていた。
そして、なんとか生きのびた人たちも、生きるか死ぬかの苦しい生活をしていた。
僕は思わず目をそむけた。
でも、僕の頭の中に、島の光景は浮かんでくるし、サラの声も、直接、頭の中に響いてくる。
どうしても、見なくちゃいけない、聞かなくちゃいけないんだなと、観念した。
「あの人たちは、この島に残って、果たすべき役割があるから、生き残っているのよ。」
サラはそう教えてくれた。
「私が死んで、こっちに来たのも、
あの楽しいバカンスを過ごした南国の楽園が、見るも無残な廃墟となっていた。
そして、なんとか生きのびた人たちも、生きるか死ぬかの苦しい生活をしていた。
僕は思わず目をそむけた。
でも、僕の頭の中に、島の光景は浮かんでくるし、サラの声も、直接、頭の中に響いてくる。
どうしても、見なくちゃいけない、聞かなくちゃいけないんだなと、観念した。
「あの人たちは、この島に残って、果たすべき役割があるから、生き残っているのよ。」
サラはそう教えてくれた。
「私が死んで、こっちに来たのも、
あなたがあっちの世界で生き続けなきゃいけないのも、
すべてはあらかじめ計画されていたことなの。
あなたは限られた時間、こっちの世界で勉強することが許されているけど、それは、これからのあなたの人生で果たさなければいけない役割があるからなの。
でも、心配しないでね。今はわからなくても、これから大人になるにしたがって、だんだん自分のやるべきことがわかるようになるから。」
おとなしく、サラの話を聞く僕を見て、サラはニッコリ微笑んだ。
「いい子ね。じゃあ次のレッスンを始めるわよ。」
「今からあなたの魂が生まれたところに行ってみるわね。」
サラは僕の手をとると、目をつぶるように言った。
僕が目をつぶると、びゅうっと風が通りすぎる感じがした。そして、うっすら目をあけると、僕たち二人は宇宙空間にほおり出されていたのだった。
360度、満天の星々が輝くそら(宇宙)。
何かが胸にこみあげてきて、僕は思わず泣いてしまった。
悲しい涙じゃなく、たとえようもなく、なつかしい感じがして、心がいやされていく、喜びの涙だった。
『この宇宙に満ちているものを愛と呼ぶ。』
誰か大人の声が聞こえてきた。
「今の声は神様なの?」
僕がたずねると、サラはニッコリ笑ってみせた。
そしてある方向を指差した。
そこには青い水をたたえた美しい星が、ぽっかりと浮かんでいた。
「あれは地球?なんてきれいなんだろう!」
僕は地球の美しさに思わず見とれてしまった。
「そうよ、あれが私たちの住む、美しい星なのよ!」
うれしそうにサラは叫んで、あたりを楽しそうに飛び回った。
僕は、ただ呆然と、地球に見とれていた。
そして、僕たち二人は、もといた場所に一瞬で戻ってきた。
サラは僕に、宇宙に行った感想を聞いた。
「宇宙の中にぽっかり浮かぶ地球を見たとき、僕は地球人なんだって思った。
日本人とか、アメリカ人とかいう前に、僕たちはおんなじ星に住む仲間なんだって。
そしたら、国と国とが戦争したり、いがみ合ったりするなんて、バカバカしいと思ったよ。」
僕がそう言うと、サラはにっこり微笑んで、
「そうね、その通りよ。みんなが争いもなく、平和に暮らせるのが一番よね。
せっかくこんな美しい星に生まれて来たんだから、それにふさわしい星にしなくっちゃね!」
僕とサラは手をパチンと合わせて、誓いあった。
この星を平和な、愛のあふれてる星にしようって。
そのために、サラはこっちの世界に残り、僕はあっちの世界に戻る。
住む世界は違っても、進む道はひとつ。
そう考えると、もうさびしくなんかなかった。
第四章 目には見えなくても、あの世とこの世はつながっているのよ
だんだん期限の49日間が残り少なくなり、僕はサラとの別れの予感で、しょんぼりすることが多くなった。
少し元気をなくしている僕を見て、サラは言った。
「もうすぐあっちの世界に出発ね。
お父さんやお母さんはきっと大喜びするわね。
ご両親を喜ばせてあげることが、あっちへ帰ってからのあなたの最初の仕事になるわね。」
僕はパパとママを思い出した。
こっちに来て、最初の頃は、パパとママに会いたくて、泣いてたこともあったっけ。
「でも、サラ、僕は君と別れたくないんだ。」
そう言って、また涙を流す僕。
あなたは限られた時間、こっちの世界で勉強することが許されているけど、それは、これからのあなたの人生で果たさなければいけない役割があるからなの。
でも、心配しないでね。今はわからなくても、これから大人になるにしたがって、だんだん自分のやるべきことがわかるようになるから。」
おとなしく、サラの話を聞く僕を見て、サラはニッコリ微笑んだ。
「いい子ね。じゃあ次のレッスンを始めるわよ。」
「今からあなたの魂が生まれたところに行ってみるわね。」
サラは僕の手をとると、目をつぶるように言った。
僕が目をつぶると、びゅうっと風が通りすぎる感じがした。そして、うっすら目をあけると、僕たち二人は宇宙空間にほおり出されていたのだった。
360度、満天の星々が輝くそら(宇宙)。
何かが胸にこみあげてきて、僕は思わず泣いてしまった。
悲しい涙じゃなく、たとえようもなく、なつかしい感じがして、心がいやされていく、喜びの涙だった。
『この宇宙に満ちているものを愛と呼ぶ。』
誰か大人の声が聞こえてきた。
「今の声は神様なの?」
僕がたずねると、サラはニッコリ笑ってみせた。
そしてある方向を指差した。
そこには青い水をたたえた美しい星が、ぽっかりと浮かんでいた。
「あれは地球?なんてきれいなんだろう!」
僕は地球の美しさに思わず見とれてしまった。
「そうよ、あれが私たちの住む、美しい星なのよ!」
うれしそうにサラは叫んで、あたりを楽しそうに飛び回った。
僕は、ただ呆然と、地球に見とれていた。
そして、僕たち二人は、もといた場所に一瞬で戻ってきた。
サラは僕に、宇宙に行った感想を聞いた。
「宇宙の中にぽっかり浮かぶ地球を見たとき、僕は地球人なんだって思った。
日本人とか、アメリカ人とかいう前に、僕たちはおんなじ星に住む仲間なんだって。
そしたら、国と国とが戦争したり、いがみ合ったりするなんて、バカバカしいと思ったよ。」
僕がそう言うと、サラはにっこり微笑んで、
「そうね、その通りよ。みんなが争いもなく、平和に暮らせるのが一番よね。
せっかくこんな美しい星に生まれて来たんだから、それにふさわしい星にしなくっちゃね!」
僕とサラは手をパチンと合わせて、誓いあった。
この星を平和な、愛のあふれてる星にしようって。
そのために、サラはこっちの世界に残り、僕はあっちの世界に戻る。
住む世界は違っても、進む道はひとつ。
そう考えると、もうさびしくなんかなかった。
第四章 目には見えなくても、あの世とこの世はつながっているのよ
だんだん期限の49日間が残り少なくなり、僕はサラとの別れの予感で、しょんぼりすることが多くなった。
少し元気をなくしている僕を見て、サラは言った。
「もうすぐあっちの世界に出発ね。
お父さんやお母さんはきっと大喜びするわね。
ご両親を喜ばせてあげることが、あっちへ帰ってからのあなたの最初の仕事になるわね。」
僕はパパとママを思い出した。
こっちに来て、最初の頃は、パパとママに会いたくて、泣いてたこともあったっけ。
「でも、サラ、僕は君と別れたくないんだ。」
そう言って、また涙を流す僕。
サラは、そんな僕の鼻をゆびでぴーんとはじいて、いつものニコニコ笑顔でこう言った。
「あっちの世界に行ったって、もう二度と会えないわけじゃないのよ。
それどころか私は四六時中あなたのそばに行って、あなたにメッセージを送るわよ。
それを受け取れるかどうかはあなた次第だけどね。
こっちの世界とあっちの世界はね、つながっているのよ。
あっちの世界で死んだ人は、こっちの世界に帰ってくるの。
中にはあっちの世界への未練があって、なかなかこっちの世界へ戻らない人もいるけどね。」
「でも、あっちの世界へ行ったら、こっちのことはわからなくなるんだろ?」
「心の奥には、こっちの世界のことを覚えているあなたがいるのよ。
忘れたら、思い出せばいい。
あなたなら、それができる。
それができればね、いつでも私とつながることができるわ。
あなたが思い出すまでは、私がいくら呼びかけても、あなたには私がわからないでしょうね。
それは私にとってもつらいことだけど、それによって私も、待つことの大切さを勉強するの。
あなたが私にきづいてくれた時の喜びを経験したいから。」
僕ははっとした。
別れがつらいのは僕だけじゃないんだ。
僕は自分のことばかり考えて、サラの気持ちに気づかなかった。
「サラ、ごめんね。僕、がんばるよ。そして、できるだけ早く、サラとこっちの世界のこと、思い出す。
そしてみんなに教えるんだ、こっちの世界のこと。
目には見えなくても、ちゃんとこっちの世界はあって、あっちの世界を卒業したら、こっちに帰ってこれるんだって。」
サラはにっこり笑うと、立ち上がって歌い出した。
サラの歌に合わせて風がそよぎ、花や草が一緒に歌っているのが感じられた。
歌い終わってから、サラは言った。
「目に見える世界は目で見るもの。
目に見えない世界はなにで見る?
それは心。
心で感じるの。
だから目に見えなくても、心で感じたことを大切にしてね。
目にうつるものばかり見ていると、心が感じても、すぐ忘れてしまうのよ。
だから、心で感じることを大切にして。
そこに心の扉を開く鍵があるから。」
「心の扉?」
「そう。あなたの心は、広い宇宙のようなものなの。そこにぽっかりと浮かぶ小さな島が、あなたが自分だと思い込んでいる部分。
だけどね、あなたが島の外に何かがあると感じたとき、その島から出る最初の扉が現れるの。
そしてその扉を開けて、島の外に出てみるとね、そこには大海原があり、そしてあちこちに大きな島や小さな島が見えるのよ。
あなたは自分の感覚にしたがって素直にボートをこぎだせばいいの。
だって、どこまで行っても、それは、あなた自身の心の中の旅なんだから。」
「自分の感じるままに生きていけばいいってこと?」
「そうよ。そしてその旅の中で出会うすべてのものを受け入れること。
それがよいことであれ、悪いと感じることであれ、すべてあなたには必要なことなのよ。」
第五章 サラとの別れ
ついにサラと別れる日がやってきた。
僕のいたあっちの世界では49日目。
これ以上、こっちの世界にとどまると、あっちの世界に戻れなくなってしまうらしい。
それは、あっちの世界にいる僕が、死んでしまうということ。
きっと僕が死んでしまったら、両親はひどく嘆き悲しむにちがいない。
そう思うと、胸が痛み、帰らなくちゃ、と思うのだった。
サラはそっと僕の肩を抱くと、
「それじゃ、出発するわね」
と言った。
すると、サラのいた地面の下からまるっこいものが浮かび上がってきた。
サラと僕はその玉の上に乗った。
すると、玉は地面の下に沈んでいき(それは雲のようなものだった)、その雲から出たところは大空で、下界には見なれた街並みが広がっていた。
「これは…、僕の街?」
「そうよ、あなたの街よ。」
「じゃあ、僕は今まで雲の上にいたの?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ。
今、見えているのは、確かにあなたの街だけど、まだあなたの世界に戻ってきたわけではないの。 」
確かにそう言われてみると、何の物音もしない。がらんどうの街並みが広がっているだけだった。
あっちでもない、こっちでもない、不思議な空間。
僕たちは町はずれにある空き地に降り立った。
サラは僕の手をとって、なにやら呪文のようなものを唱えた。
とたんに、まわりが光で満たされ、僕の体が地上にひきつけられるのを感じた。
地球の重力。
僕が地上で生活できるように、僕を地上につなぎとめてくれる地球の力。
それは、
「さあ、しっかり大地を踏みしめて、この地上世界で生きていきなさい」
と、地球の神様から言われているようだった。
そしてサラのほうを見てみると、サラの体は玉にのったまま浮き上がり始めていた。
ただ僕とはまだ手をしっかりと握りあい…。
サラの目にみるみる涙があふれ、僕の目にも涙があふれて止まらなかった。
「いい? こっちの世界に戻っても、必ず私のこと、思い出してね!
私がいつもそばにいること、信じてね!
目には見えなくでも、ハートで感じてね!
そして、私が送るメッセージを耳じゃなくて、心で受け取って!
あなたのこと、ずうっとずうっと見てるから!
あなたのこと、大好きだから!」
二人の握りあった手は天と地を分かつ力によって、引きはがされた。
サラは玉に乗って空高く舞い上がっていった。
しっかりと僕のほうを見つめながら。
そして僕は涙で前が見えなくなっていた。
最終章 こんにちは、サラ
こっちの世界に戻ってから、しばらくは大変だった。
僕はなんと49日間も意識が覚めないまま、眠り続けていたらしい。
僕が目を覚ましたときのママの驚きようといったらなかった。
顔じゅう涙でぐちゃぐちゃにして、僕を抱きしめてくれた。
それから会社に電話して、パパを呼んで…、パパは血相をかえて、病室に飛び込んできた。
僕はママとパパにもみくちゃにされながら、こんなに自分は愛されていたんだなあと思った。
そしたら、心の底からなんともいえない思いがあふれ出してきて…。
病室は涙、涙の大洪水!
僕たち家族はしっかりと抱きあって、大泣きしていた。
看護師さんやお医者さんまでがもらい泣きしていたのだった。
このことがあってから、僕たち家族は愛という一本の線で、今まで以上にしっかりと結ばれた。
僕は、体力が回復してから学校に戻った。学校でもみんな大歓迎してくれた。
クラスメートや先生は僕を見舞ったときに、ママがひたすら眠り続ける僕をただ黙って見守っているのを見て、声をかけられなかったそうだ。
それからクラスも火が消えたように静かになってしまったらしい。
僕はみんなに大歓迎されて、こんなにも自分をあたたかくむかえてくれる友達って、すばらしいなと思った。
みんながとても大切な仲間だってことがよくわかった。
そして、それ以来、僕たちのクラスには一体感が生まれ、よそのクラスから「お前のクラスは仲がよくていいな!」と、うらやましがられるほどのよいクラスになった。
そんなこんなで、僕が目覚めてから、まわりの世界すべてがすっかり変わってしまったかのようだった。
毎日が楽しくて仕方がなかった。
本当に生きててよかった!
この世に生まれてきてよかった!
そう感謝する日々だった。
ある日、ママが僕のためにと言って、南国の少女の人形を買ってきてくれた。
男の子に人形はヘンじゃない?
「あっちの世界に行ったって、もう二度と会えないわけじゃないのよ。
それどころか私は四六時中あなたのそばに行って、あなたにメッセージを送るわよ。
それを受け取れるかどうかはあなた次第だけどね。
こっちの世界とあっちの世界はね、つながっているのよ。
あっちの世界で死んだ人は、こっちの世界に帰ってくるの。
中にはあっちの世界への未練があって、なかなかこっちの世界へ戻らない人もいるけどね。」
「でも、あっちの世界へ行ったら、こっちのことはわからなくなるんだろ?」
「心の奥には、こっちの世界のことを覚えているあなたがいるのよ。
忘れたら、思い出せばいい。
あなたなら、それができる。
それができればね、いつでも私とつながることができるわ。
あなたが思い出すまでは、私がいくら呼びかけても、あなたには私がわからないでしょうね。
それは私にとってもつらいことだけど、それによって私も、待つことの大切さを勉強するの。
あなたが私にきづいてくれた時の喜びを経験したいから。」
僕ははっとした。
別れがつらいのは僕だけじゃないんだ。
僕は自分のことばかり考えて、サラの気持ちに気づかなかった。
「サラ、ごめんね。僕、がんばるよ。そして、できるだけ早く、サラとこっちの世界のこと、思い出す。
そしてみんなに教えるんだ、こっちの世界のこと。
目には見えなくても、ちゃんとこっちの世界はあって、あっちの世界を卒業したら、こっちに帰ってこれるんだって。」
サラはにっこり笑うと、立ち上がって歌い出した。
サラの歌に合わせて風がそよぎ、花や草が一緒に歌っているのが感じられた。
歌い終わってから、サラは言った。
「目に見える世界は目で見るもの。
目に見えない世界はなにで見る?
それは心。
心で感じるの。
だから目に見えなくても、心で感じたことを大切にしてね。
目にうつるものばかり見ていると、心が感じても、すぐ忘れてしまうのよ。
だから、心で感じることを大切にして。
そこに心の扉を開く鍵があるから。」
「心の扉?」
「そう。あなたの心は、広い宇宙のようなものなの。そこにぽっかりと浮かぶ小さな島が、あなたが自分だと思い込んでいる部分。
だけどね、あなたが島の外に何かがあると感じたとき、その島から出る最初の扉が現れるの。
そしてその扉を開けて、島の外に出てみるとね、そこには大海原があり、そしてあちこちに大きな島や小さな島が見えるのよ。
あなたは自分の感覚にしたがって素直にボートをこぎだせばいいの。
だって、どこまで行っても、それは、あなた自身の心の中の旅なんだから。」
「自分の感じるままに生きていけばいいってこと?」
「そうよ。そしてその旅の中で出会うすべてのものを受け入れること。
それがよいことであれ、悪いと感じることであれ、すべてあなたには必要なことなのよ。」
第五章 サラとの別れ
ついにサラと別れる日がやってきた。
僕のいたあっちの世界では49日目。
これ以上、こっちの世界にとどまると、あっちの世界に戻れなくなってしまうらしい。
それは、あっちの世界にいる僕が、死んでしまうということ。
きっと僕が死んでしまったら、両親はひどく嘆き悲しむにちがいない。
そう思うと、胸が痛み、帰らなくちゃ、と思うのだった。
サラはそっと僕の肩を抱くと、
「それじゃ、出発するわね」
と言った。
すると、サラのいた地面の下からまるっこいものが浮かび上がってきた。
サラと僕はその玉の上に乗った。
すると、玉は地面の下に沈んでいき(それは雲のようなものだった)、その雲から出たところは大空で、下界には見なれた街並みが広がっていた。
「これは…、僕の街?」
「そうよ、あなたの街よ。」
「じゃあ、僕は今まで雲の上にいたの?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ。
今、見えているのは、確かにあなたの街だけど、まだあなたの世界に戻ってきたわけではないの。 」
確かにそう言われてみると、何の物音もしない。がらんどうの街並みが広がっているだけだった。
あっちでもない、こっちでもない、不思議な空間。
僕たちは町はずれにある空き地に降り立った。
サラは僕の手をとって、なにやら呪文のようなものを唱えた。
とたんに、まわりが光で満たされ、僕の体が地上にひきつけられるのを感じた。
地球の重力。
僕が地上で生活できるように、僕を地上につなぎとめてくれる地球の力。
それは、
「さあ、しっかり大地を踏みしめて、この地上世界で生きていきなさい」
と、地球の神様から言われているようだった。
そしてサラのほうを見てみると、サラの体は玉にのったまま浮き上がり始めていた。
ただ僕とはまだ手をしっかりと握りあい…。
サラの目にみるみる涙があふれ、僕の目にも涙があふれて止まらなかった。
「いい? こっちの世界に戻っても、必ず私のこと、思い出してね!
私がいつもそばにいること、信じてね!
目には見えなくでも、ハートで感じてね!
そして、私が送るメッセージを耳じゃなくて、心で受け取って!
あなたのこと、ずうっとずうっと見てるから!
あなたのこと、大好きだから!」
二人の握りあった手は天と地を分かつ力によって、引きはがされた。
サラは玉に乗って空高く舞い上がっていった。
しっかりと僕のほうを見つめながら。
そして僕は涙で前が見えなくなっていた。
最終章 こんにちは、サラ
こっちの世界に戻ってから、しばらくは大変だった。
僕はなんと49日間も意識が覚めないまま、眠り続けていたらしい。
僕が目を覚ましたときのママの驚きようといったらなかった。
顔じゅう涙でぐちゃぐちゃにして、僕を抱きしめてくれた。
それから会社に電話して、パパを呼んで…、パパは血相をかえて、病室に飛び込んできた。
僕はママとパパにもみくちゃにされながら、こんなに自分は愛されていたんだなあと思った。
そしたら、心の底からなんともいえない思いがあふれ出してきて…。
病室は涙、涙の大洪水!
僕たち家族はしっかりと抱きあって、大泣きしていた。
看護師さんやお医者さんまでがもらい泣きしていたのだった。
このことがあってから、僕たち家族は愛という一本の線で、今まで以上にしっかりと結ばれた。
僕は、体力が回復してから学校に戻った。学校でもみんな大歓迎してくれた。
クラスメートや先生は僕を見舞ったときに、ママがひたすら眠り続ける僕をただ黙って見守っているのを見て、声をかけられなかったそうだ。
それからクラスも火が消えたように静かになってしまったらしい。
僕はみんなに大歓迎されて、こんなにも自分をあたたかくむかえてくれる友達って、すばらしいなと思った。
みんながとても大切な仲間だってことがよくわかった。
そして、それ以来、僕たちのクラスには一体感が生まれ、よそのクラスから「お前のクラスは仲がよくていいな!」と、うらやましがられるほどのよいクラスになった。
そんなこんなで、僕が目覚めてから、まわりの世界すべてがすっかり変わってしまったかのようだった。
毎日が楽しくて仕方がなかった。
本当に生きててよかった!
この世に生まれてきてよかった!
そう感謝する日々だった。
ある日、ママが僕のためにと言って、南国の少女の人形を買ってきてくれた。
男の子に人形はヘンじゃない?
と、僕が言うと、ママは
「確かにへんね。でも、なぜか買わなきゃいけないような気がしたのよ。」
と言って、僕に渡した。
僕はなぜかその人形が気に入って、自分の机の上におき、サラという名前までつけて、
「行ってくるよ、サラ」
「ただいま、サラ」
「あのね、サラ、今日はこんなことがあったんだ」
と話しかけたりして、大事にした。
サラは黙って僕の話を聞いてくれるだけなのだが、それだけでなんだか僕は元気をもらえる気がした。
そんな僕を見ていて、パパとママはこんなことを僕には内緒で話し合っていたんだって。
「ねえ、パパ、あの子は目覚めてから、あの南の島の記憶をすべてなくしてしまったみたいだけど、サラちゃんのことだけは心のどこかで覚えているのね。
それで、無意識のうちに、お人形にサラちゃんの名前をつけて、話しかけているのね。」
「そうだね。あの子にとってサラちゃんはかけがえのない存在だったんだね。
いつかはあの島のこと、サラちゃんのことをあの子に話さないといけないね。」
「でも、不思議なんだけど、あの人形を見てると、なんだかニッコリ微笑みかけてくれているような気がしてね。
もしかしたらサラちゃんの魂が宿っているのかも、なんて思ったりするのよ。」
「サラちゃんは自分の分身をあの子に残してくれたのかもしれないね。
「確かにへんね。でも、なぜか買わなきゃいけないような気がしたのよ。」
と言って、僕に渡した。
僕はなぜかその人形が気に入って、自分の机の上におき、サラという名前までつけて、
「行ってくるよ、サラ」
「ただいま、サラ」
「あのね、サラ、今日はこんなことがあったんだ」
と話しかけたりして、大事にした。
サラは黙って僕の話を聞いてくれるだけなのだが、それだけでなんだか僕は元気をもらえる気がした。
そんな僕を見ていて、パパとママはこんなことを僕には内緒で話し合っていたんだって。
「ねえ、パパ、あの子は目覚めてから、あの南の島の記憶をすべてなくしてしまったみたいだけど、サラちゃんのことだけは心のどこかで覚えているのね。
それで、無意識のうちに、お人形にサラちゃんの名前をつけて、話しかけているのね。」
「そうだね。あの子にとってサラちゃんはかけがえのない存在だったんだね。
いつかはあの島のこと、サラちゃんのことをあの子に話さないといけないね。」
「でも、不思議なんだけど、あの人形を見てると、なんだかニッコリ微笑みかけてくれているような気がしてね。
もしかしたらサラちゃんの魂が宿っているのかも、なんて思ったりするのよ。」
「サラちゃんは自分の分身をあの子に残してくれたのかもしれないね。
自分の大切な友達がさびしくないようにって。」
おしまい
おしまい