ヨーコは何者でしょうか?
なんちゃって。

過去
ごりりんにイジメられたときに
メンタル落ちて
全ブログを非公開にしました。

メンタルの復活とともに
少しずつまた公開し始めてましたが
なにぶん
そばに
かまってちゃんのターザンがいると
何もできない私。

雛鳥ブログをきっかけに
風呂女房ブログを
読んでくださってる方々も
いらっしゃると思うので

この機会に
(かまってちゃんターザンから
離れて自由な時間)
公開させて頂きたいと思います。

以下

どうぞ😊





残念ながら
助手席です。

 

フロリダで生活するにあたって

 

ありがたいことに

わたしには後見人がいます。

 

でなければこんなに横着な態度で

外国で

ビクビクすることなく

生活してないってば・・・。

 

いや、出来ないってば・・・。

(私の場合、はです。)

 

 

その彼女は

わたしのアメリカ生活の原点で

 

今のわたしがあるのも

まったくもって彼女のおかげです。

 

彼女の存在がなかったら

フロリダでの生活は

心細いに違いない。

 

フロリダに移住しても

わたしがやっていけてるのは

彼女のおかげです。

 

↑オット君がいるから

じゃないんかい! 


↑アンサーは

「ナイ」ですね。(笑)

 

実はオット君と知り合ったのも

彼女の家にスウェーデンから

遊びに来ていた時のこと。

 

なので間接的には

彼女を通してのことです。

 

 

もとはと言えば

彼女はわたしがホームステイで

カリフォルニア, LA 郊外に

行ったときに

受け入れ先家族になってくれた

人でした。

 

そのとき以来のお付き合いだから・・・長いですね。

 

わたしが18歳の時だから

34年前😱。四半世紀以上。

 

彼女はわたしのことを

マイ・アダプテッド・ドーター

と呼び

 

わたしは彼女のことを

ママ

と呼んでいます。

 

社交の場には連れて行ってくれて

 

私を自分の娘だと言って

いろんな人に紹介してくれます。



左がママ

 


ママはパサディナ生まれ

LA育ちの

生粋のカリフォルニアン。



彼女はリタイヤを機会に

カリフォルニア(LA郊外)から

フロリダ南端へと引っ越しました。



西海岸のCAから

アメリカ東側のフロリダに

彼女が引っ越したことで

 

わたしのいる

スウェーデンからの距離は

ぐんと近くなり

 

わたしも息子たちの子育てが

一段落したところで

 

よく遊びに行くようになりました。

 

 

それで、まぁ、彼女ははっきり言ってお金持ち、です。

 

(フロリダ南端には桁違いのお金持ちの方々がいらっしゃるので上限はありませんが、と補足しておきます。)

 

わたしは彼女のおかげで

アメリカでの滞在については

ばちあたりの如く

快適に過ごさせてもらった思い出しかありません。



 

それで

フツーの

田舎の女の子だったわたしは

 

18歳の時に

彼女からたくさんの

インスピレーションを受け

 

自分の人生を切り開いていくことに

貪欲になったのでありました。


↑で、前々のブログにあるようなタカビー発言もするようになることに繫がるわけです。ご容赦ください。

 

ホームステイ後は

奨学金を勝ち取って

アメリカの大学に正規留学。

 

卒業後はMBAまで取得してアメリカに移住するぞー!

バリバリ仕事するわー!

稼ぐわー!

プール、ジャグジー付きのお家に住むわー!

と意気込んでおりました。

 

GMATとか勉強したなぁ。

 

そしてその準備中

息抜きに

ドイツに一年

アメリカの大学から

姉妹校に交換留学。

 

MBA取得には

第2外国語の習得が

必要だったので

ドイツ語がいいなぁと思い

 

ドイツ語の習得を

どうせならドイツでやって

単位をトランスファーしてしまえ

 

というのが予定というか

プランだったのでした。

 

そっちのほうが楽そうだし

楽しそう、と。

 

アメリカにちょっと

退屈していたこともありました。(笑)

 

そこでスウェーデンから

ドイツに留学してきていた

元だんなさんと出会ってしまい

彼の留学期間が終わるという時に

彼についてスウェーデンに

移住してしまいました。

 

MBAのプランはァァ!?

と思われるかもしれませんが

 

「ヨーロッパは学費が無料」

というのに惹かれ

 

スウェーデンで

大学院に行ってもいいか

 

と思ったのでした。

 

それに当時元だんなさんとは

ドイツで

半同棲状態だったので

 

またアメリカに戻って

独りで黙々と

外国で勉強を続けるのは

ツラいなと思ったのです。

 

結婚しなきゃスウェーデンには

住めないかしら、だよなー、うーん。

 

と二人で悩んでいて

元だんなさんが

在ドイツの

スウェーデン大使館に

電話をして

問い合わせてみたところ

 

 

婚約者でなくても配偶者でなくても、(パートナーと同性、という場合も含む)

恋人というだけで滞在ビザがおりる


というじゃ

あーりませんか。



 

おまけに労働許可まで

「もれなく」

ついてくるじゃ

あーりませんか。

 

おまけに

スウェーデン語の学校にまで

無料で行かせてくれるというじゃ

あーりませんか。

 

おまけに

教科書は買わなくていいし

無料で貸し出ししてくれると

いうじゃ

あーりませんか。

 

あらまー。です。

 

 

アメリカの学生ビザやグリーンカード取得のプロセスとは

比較にならなく

ド・Easyでした。


フランスのカルト・セジュール取得なんてもっと地獄。


*ちなみにそのスウェーデンの恋人ビザ(と呼びましょう)発行は無料。

 

 

だもんで、スウェーデンに移住してもなんとかなるさ


と実に実に実に楽観的にとらえていたのでした。(バカめ。)

 

これがのちに私の黒歴史の始まり始まり、と言いますか

 

種と言いますか

 

木で例えるならば幹となります。

 

 

いやいやだからタイトルは

「ママ」だってば。

 

なんだかわたしの

「スウェーデン黒歴史」

序章みたいになってしまいました。


 


↑もう「スウェーデン黒歴史」で定着しつつあるのでもういっか。

 

これからスウェーデンに

移住しようとか思っているアナタ。

 

次章を読まれる前に

 

アイスバケットのご用意を。


*頭冷やして再検討するためです。


 


 

「スウェーデン黒歴史」

次章ヘ続きます。

(いつ書くのか未定ですけれども😅。)

 

 

*お断り

スウェーデンが好きな人

スウェーデンで幸せに暮らしてらっしゃる方

すみません。

 

わたしの黒歴史とはウラハラに

実際スウェーデンが好きで

スウェーデンで幸せに

暮らしてらっしゃる方

わたしははっきり言って羨ましいです。

 

I wish I could have had enjoyed living in Sweden.

 

Nämen, jag önskar att jag hade kunnat trivas i Sverige.