
少し丸めた背中
指輪をしたままの右手
横顔でも
想像に難くない
眉間の皺
奏でているのは……。
テレビで放送された
特別番組で
あまりに根を詰めたぶうにゃんを
なんとか止めたいのに
耳を貸さないと解っているから
両の手を握りしめて
ピアノに向かう
誇らしい旦那様を見ている
という
奥様のワンシーンがあった。
お母様が神様の下に還り
今、
ぶうにゃんに一番近いのは
奥様なのに
その奥様でさえ
入り込めない
ピアノとぶうにゃんの間。
ぶうにゃんは
奥様を信頼しているだろうから
普通なら
ちゃんと耳に入る声が
ピアノを前にすると
違う世界に行ってしまうようだ。
心を乱すこと無く
一つのことだけに
向き合える才能を
持った人なんだなあ。
背中にも
横顔にも
小さな隙も無く
ピアノとの距離を詰めてゆく
ぶうにゃんの心と目。
奥様の毎日も
緊張する瞬間の連続だろう。
そんなぶうにゃんが
憧れのサントリーホールで
去年に続いて
コンサートを開催する。
チケット……
なんとか
とれるといいな。
…という
小さな(私にとっては大きな)夢が
見事に花開いた。
あの厳しいぶうにゃんは
観客を前にした舞台では
姿を隠す。
今は少し
自信無さ気で
ピアノに向かう
幾つかのローテーションを
なぞりながら
最初の音を弾く一瞬に
一人で立ち向かう。
大丈夫
貴方が大好きな奥様は
目を逸らすことなく
貴方だけを見てる。
薄暗い客席を
いっぱいに埋め尽くしたお客様も
皆貴方のピアノが大好きだよ。
だから
いつも通りに
美しいピアノを
弾いてね。
私はぶうにゃんが弾く
最初の音が大好き。
肩の力を
ほんの少し抜いて
頬の筋肉を緩めてね。
あと5ヶ月が
とても長い。