顎をグッとあげて
首を思い切り伸ばしてる。


満足できる演奏が
できたのだろうか。


ぶうにゃんが満足できる演奏とは
どんな演奏だろう。


勿論ミスは無い方が
良いのだろう。

でも本質は違う気がする。


ぶうにゃんの演奏の批評で
好意的な論客の方は
自分のイメージ通りに
弾くことができる
高い技術と
精神性を持ち合わせたピアニスト
と、評してくださった。


何が
ぶうにゃんにとっての正解かは
解らないけれど
自分のイメージ通りに演奏できるって
すごい事だと思う。


それでも
プロという人達は
良いことより
上手くいかなかった時の方が
記憶が鮮明らしい。


俳優さんも
歌手の方々も
プロスポーツの選手も
ゾーンに入った
会心の瞬間より
抜けない棘のような
心残りのある瞬間を
はっきり覚えていると言う。


ゾーンに入った会心の瞬間があるから
自分自身満足出来なかった時は
抜けない棘になり
だからこそ
もっと高く
もっと豊かにと
向上していらっしゃるんだろう。

かのぶうにゃんも
コンクール本選の
最後の最後で沢山のミスをしたと
何度かインタビューで言っている。
毎回その箇所では
緊張するそうだ。


それに引き換え
我が身の情けなさに
涙も出ない。

万年発展途上と
家人に言われるのも
仕方がない。


上手くいかなかった事が
あまりに多く

音痴(音楽能力欠如)
運痴(運動能力欠如)
美痴(美術能力欠如)

の豪華三点セットだ。

我ながら唯一
エライと思うのは
ぶうにゃんの演奏を
凄いと思えたことなのだ。


ぶうにゃんが天晴れなのか
万年発展途上が天晴れなのか。

軍配は動きそうも無い。