塩釜に入る道行き。歌枕「末の松山」に触れている。
かの有名な歌です。
「契りきなかたみに袖をしぼりつつ
末の松山波越さじとは」 清原元輔
この歌の解釈・・
波が末の松山を超えることなんかありえないように
絶対心変わりしないと固く約束したのに・・ということかな?
芭蕉が見た末の松山は荒れ果てていたし
またこの大震災では津波が押し寄せてきたし・・
が、なんと松山は「波越さじ」だったとか。さすがです。
荒れた松山を「悲しさもまさりて、塩竈の浦に入相の
鐘を聞く」と哀れっぽく記している。
塩竈神社
「早朝、塩竈の明神に詣づ・・宮柱ふとしく、
塩竈神社には「塩」が欠かせない。
毎年7月に行われる
「藻塩焼き」神事
現在、昔の製法で塩作りをしている。






