若狭神宮寺へ参拝後
次のお寺さんへ行こうと思いましたが
またふと急に💦
そだ!
鵜の瀬に行ってみよう♪
あの時は、松明を持って
若狭神宮寺からずっと歩いて行きました。
あの時は、鵜の瀬がどこなのかもわからなくて
他の皆さんの後をついて行きましたが
すごく遠く感じました⭐️
もう一度見たい!
車で🚗数分。
まずは 白石神社⛩へ
鵜の瀬公園の一角に駐車場があります
白石神社
福井県小浜市下根来
*ご祭神は白石大神、白鬚大神
御由緒
若狭彦大神が若狭彦神社に鎮まる前に、
まず最初に降臨した地に祀られる社。
若狭彦神社・若狭姫神社ともに当社への遥拝所があります。
社伝には「若狭彦大神(彦火火出見神)と若狭姫大神(豊玉姫神)が
この鵜の瀬に 八人の眷属を従えて白馬に跨がって 白雲に乗って唐人の姿で天下り
その時に二羽の鵜が迎えた」とあります。
これは地名説話でもあり、
当地を「鵜の瀬」と称するようになりました。
遠敷川が大きく湾曲し河原ができています。
東大寺二月堂のお水取りの水は、ここで汲み上げられたものを使っていました。
駐車場よこにある
鵜の瀬公園資料館。
展示室にはモニターテレビが設置。
お水送り行事や観光ビデオを
手軽に見ることができます。
鵜の瀬
奈良時代に若狭神宮寺から東大寺へ行かれたインド僧実忠和尚が大仏開眼供養の指導の後、
二月堂を創建し2月初日に全国の神々を召集するものの、
若狭の遠敷明神だけが遅れて
2月12日に参列されたことより、
そのお詫びをかねて
若狭より二月堂の本尊へ
お香水の閼伽水を送ることを約束したのがはじまりで
鵜の瀬で3月2日にお水取りの行事が行われるようになりました。
名水百選にも選ばれています。
お水送りの送水神事は、
神宮寺から山伏姿の行者や白装束の僧侶らを先頭に3,000人程の松明行列が、
ほら貝の音ととも上流の鵜の瀬へ向かい、
河原で護摩が焚かれた後、白装束の住職が祝詞を読み上げ、
竹筒からお香水(こうずい)を遠敷川へ注ぎます。このお香水は10日かけて東大寺・二月堂の「若狭井」に届くといわれ、
奈良のお水取りは3月12日に行われます。
鵜の瀬の水中洞窟から奈良の二月堂はつながっており鵜がもぐって行ったとの伝説が残っているそうです
最後までご覧いただき
ありがとうございました♪