宝鏡寺の早川住職(続き)
今回は見逃さなかった、『こころの時代』の「見逃し配信」。そしてさらに身につまされたのでありました。既に故人となっていたことを知ったあとでは、なんだかこの番組自体が早川住職の人生を振り返る追悼みたいに思えてきてしまう。番組は原発事故のことから始まっていた。宝鏡寺は「廃寺になった」と言いつつ、早川さんは一時帰宅が許される日には戻ってきて、鬱蒼とはびこる草や藪を刈ったりしていた。「原発事故は罪深いよ」ここでもまた、直接人を責めはしない。東電のせいだ、政府が悪い、という糾弾の仕方をしない。自分ごととして考えよう、って、今ではほとんど流行り言葉だが、「自分ごとになった時には遅いんだ」とも言っていた。早川さんは「百姓が好き」で、お寺の田んぼ以外でもお米を育てて、出来たお米を施設にあげていた。早川さんは知的障害を持つ人たちのための施設を作っていたのである。施設ではそのお米でお弁当を作って売る。すると少しお金ができる。そういうお話をするときの早川さんの表情はさらに優しくて温和だ。けれどその田んぼも全て駄目になった。施設にいた人も散り散りになってしまった。知的障害がある人たちはその時の症状に合わせて専門の医者に薬を出してもらわねばならない。けれども行った先にそんな医者がいるとは限らない。というより、まずいない。躁鬱の症状があった子が自死したという。「薬害です」と医者は言う。それでも「お医者さん責めるわけにいかない」。専門ではないのだから。避難先で亡くなる人も大勢いた。「シャキシャキ歩いてた」明るい人が、数カ月で元気をなくす。先に生きる希望がなくなるから、体力がなくなって気力がなくなるからだと。そういう話をするとき早川さんは涙ぐむ。そういう話はもう何年ものあいだ、被災地で必ず聞かれる。それが「関連死」と簡単に括られてしまう。賠償金もらって遊んで暮らしていいな、という声もあったそうだ。「その人も可哀そうだな」と早川さんは言うのです。「心を奪われているんだな」と。「普通だったらそんな心ない言葉は言わない」近頃さらに増えている残虐な、短絡的とも思われる事件も、結局そういうことなのだろう。そういう犯罪に走った人は、自分の心を奪われる何かにどこかでやられてしまった。そうなる前に早川さんのような人と出会っていたら、その先は変わっていたんじゃないだろうか。なんだか引用ばかりになってますが、引用したくなるというか、自分で覚えておきたい言葉が多すぎる。この番組は見てよかった。「人はいなくなってもカケラとして残ってると思うの」(カケラとなって、だったかーーうろ覚え)というセリフが浮かんできた。まあ、見たばかりだったせいもあるだろうけど。『東京サラダボウル』。別に私はNHKびいきではないのだが、これもNHKの番組。これまた身につまされた。いいドラマだったなあ。緑の髪のヒロインがそう言ったのだ。早川さんなんて、ものすごい量のカケラになって、残るどころか、刺さってるだろうな。そっか、菩薩さまだ。早川さんってまさに菩薩さまじゃないか。(って、仏教も大してわかってないで言ってますけど)早川菩薩。菩薩さまが亡くなると何になるんだろ。