4月2日、晴れてきましたね。

上の画像は私です。

ごろーん。

 

今月から介護日記は相続の話に代わっていきます。

初めての書類があったり、戸籍の行間読んでる私がおりますのでね。

誰かの人生を「記号」に出来ない私です。

 

そして、今日は夕方歯科なので今はエネルギー温存中。

私はまだ親知らず抜かないでいますが、

歯茎は痩せていくし、年なりにね。

あの「マウスピース」作ってもらうほど

食いしばってた時期は遠くなりました。

 

今日ね、手紙を戴いたんです。

切実なお手紙でした。

私はこの人が

どうかひとりぼっちになりませんようにと願っています。

私は保護司ではないけれど、

ずっとあなたの後ろに居るから、

そして仏さまに手を合わせるのです。

それが私なんですね。

私は段々自分が戻ってきています。

介護していた時の自分でなく。

もっと前の

けど、前とはちょっと違う感じです。

 

 

 

昨日、息子と録画したものを見ました。

前編です。

正座して。

 

今回は昭和天皇のお話です。

子どもの頃にしてみたいが出来なかったこと。

お若いころに

ヨーロッパに行かれてパリで地下鉄に乗って感動されたこと。

降りる駅で切符を渡しそびれて、注意されたこと。

その切符を一生大事にされたこと。

「あの時が一生のうちで花だった時期」なのだと。

 

やがて昭和天皇は日本の国の「現人神(あらひとがみ)」として、

あまりにも多くの変化を受け入れてこられた。

それは「元々の自分」と離れて、

ずっと遠くへ行ってしまわれた感覚なのでしょうか。

 

ちなみに息子と私は

こういう歴史やドラマやドキュメンタリーで繋がっているので、

感性のアンテナが同じなのかもしれません。

今、紀州やお城に話が行くんだけど・・・興味あるんだね。

 

さて、

戦争を始めるという事、終わらせるという事、

「市井の人」には思いもよらない話です。

けれど、「人」でなく「神」?

 

「精神ばかりで科学を知らなかった日本」

 

昭和の時代、太平洋戦争の終わりに日本はそれを知ることになったのです。

 

息子と話していて、「If」の話は結構あると教わりました。

「もし戦争が無かった時の日本はどうなっていたか」

「日本が勝っていたら」etc・・・。

・・・それでも今の様になっていた、に私は一票です。

 

前編の終わりに、

昭和天皇が終戦後に

疎開先の皇太子様(平成天皇)に書かれた「父の心情」が、

胸に迫りました。

後編も見ようと思います。

 

写真がまったく撮れていない(笑)

明日この菜の花がどうなっているか見てこよう。

 

 

さて、歯医者さん行く前にひと眠りしよう。

おねむだ(笑)

 

眠くないですか?

 

 

 

 

眠いです!(笑)

今日は稲垣潤一さんのApril。

 

今月もどうぞよろしゅうお頼み申します。

ではね~。