人気で注目を集めるブログといえば、読者を感情的に引き込むような深い内容が多い。テレビのニュースでも同じだが、取り上げられるのは滅多にないような出来事や、特別な人生を歩んできた人たちに限られてしまう。
このブログの内容は、難病を乗り越えた感動的な話でもなければ、辛い過去から這い上がって成功を掴んだようなドラマチックな話でもない。タイトルを読んで、興味も持たずにスクロールしてしまう人が大半だろう。けれど、1万人のオンラインユーザーのうち、たった1人の目でも10秒だけ止まってくれたら、それだけでこのブログの目的は達成されたことになる。
もし、今この文章を読んでいるあなたがその1人なら――これから、とある17歳の青年の人生を少しだけ覗いてもらいたい。
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日本の東京都に生まれ、物心がついた頃には父の転勤でアメリカに引っ越していた。3歳の僕にとって、英語はただの“音”でしかなかった。周囲の子どもたちや先生たちと、言葉が通じることはなかった。トイレの場所や言い方もわからず、月曜日にお漏らしすれば、また火曜日にも同じことを繰り返す――そんな日々だった。
それでも、時間が経つにつれて、少しずつ英語を理解し始め、言葉で気持ちを伝えることができるようになっていった。
気がつけば10年という月日が過ぎていて、アメリカでの生活は「当たり前」になっていた。毎朝車で学校に向かい、国旗を見上げて校歌を歌う。嫌いだったピーナッツバターとジャムのサンドイッチも、気づけば毎日食べていた。
でもその「当たり前」は、ある日突然、父の帰任で終わりを迎えた。
スポーツウェアで登校するアメリカと、真夏に長ズボンとポロシャツを着る日本。真逆のスタンダードにぶつかった。車通学は電車通学に変わり、英語で会話していた日常は、日本語が主となった。家に帰ると、以前はほとんど会えなかった父が毎晩家にいた。それが、“普通”だった。
人によっては、これらの出来事は「普通のこと」かもしれない。でも僕にとっては、それまでの当たり前が崩れて、新しい当たり前に変わる瞬間だった。そして気づいた。“当たり前”とは、決して一つの形ではないのだと。
アメリカで10年、日本で2年、そして現在の留学生活。それぞれで「当たり前」は違っていた。そしてそれらは、たった17年の間に何度も塗り替えられてきた。
たった17年の人生。80歳まで生きるとしたら、まだ4分の1も終わっていない。だからこそ、「たかが17年で何を語る」と思われるかもしれない。確かに、若いからこそ変化があるのも事実だ。
でも、だからこそ伝えたい。
僕の人生は、ドラマにもなっていないし、テレビにも取り上げられない。だからこそ、気づいた。「当たり前」は、いつでも、誰にでも、簡単に変わってしまうということを。
今日そばにいる親が、明日も変わらずいる保証なんてない。日常が永遠に続くと思っていても、突然途切れることだってある。だからこそ、「当たり前」と思っているものを、当たり前だと当たり前に思わないでほしい。
一つひとつの出来事や、日常の中の小さな幸せに感謝し、「当たり前」の価値を忘れないように。
たった17年のちっぽけな経験かもしれない。でもこの気づきを、少しでも多くの人に伝えたい。