昭和38年は日本列島が豪雪に見舞われ九州でも豪雪が降った❕❔。
しかし新潟に比べれば月とスッポン、比べられない。
上越線のトンネルを抜けたら列車の屋根より遥かに高い雪の壁・・・
湯沢駅までほとんど景色は観えなかった・・・
湯沢駅を過ぎると左側の山際にホテル街が在り・・・。
小説・雪国で有名な「越後湯沢湯元 卵の湯 雪國の宿 高半」が見えた。
豪雪情報は👇に38豪雪との比較など詳しく出ている。
駅前通りに在った会社の前は車が通れたが、社員寮の前の雪道に
度肝を抜かれた・・・車のすれ違い出来る道幅一杯に子屋根まで雪が、
残っていて、道幅はすれ違い出来ぬ20cmほど。
寮の玄関先まで7~8段の雪の階段で降りる。
除雪道具の木製スコップ=こしき の取り扱いに苦労した。
あれから云十年、流雪溝や消雪パイプが整備され、
ステンレス製の除雪ダンプや用途に応じたスコップの普及で、除雪作業も楽になったが、それ相応に体力が落ち屋根雪落としは業者任せ。
桜の開花が待ち遠しい、豪雪地帯の春4月です。