プーチンの侵攻を先読み! 開戦から術中に嵌めまくる"ウクライナの黒田官兵衛"ザルジニー総司令官の軍略
軍事力世界2位の大国が苦戦している――。
今や当然となりつつあるこの事実だが、何もロシア軍が弱いワケではない。
そこには、装備の数も質も圧倒的なロシアを欺き、常に先手を打ち続ける軍師の存在がある。「ロシアは私が最も対応しやすいシナリオを選んだ」。そう語るザルジニー総司令官に見えているものとは。
【画像】ロシア軍が制圧したアントノフ国際空港ほか * * * ■用意周到な準備と柔軟な人員配置 侵攻開始当初、ロシアは12時間で首都キーウに到達し、3日以内に制圧できると考えていた。
しかし、それは1週間、1ヵ月と延び続け、そしてついには開戦から半年以上が経過した。
大国ロシアの予想に反するウクライナの善戦の背景には欧米からの武器供与がある。
しかし、それ以上に大きいとされるのがウクライナ軍のヴァレリー・ザルジニー総司令官(49歳)の存在だ。
米雑誌『TIME』の表紙を飾るなど世界的に注目度が高まっており、同誌が「ウクライナ侵攻が一冊の歴史本になるとすれば、彼が主役を担うだろう」と記すほど。
慶應義塾大学SFC研究所上席所員で、安全保障アナリストの部谷直亮(ひだに・なおあき)氏は、彼の用意周到な準備がロシアの出はなをくじいたと分析する。
「ロシア軍の大規模侵攻が迫っているという諜報機関の報告に懐疑的だったゼレンスキー大統領に対し、時間の問題だと考えていたザルジニー氏は、兵器を基地から移動させました。
開戦と同時に相手の主要施設や装備を叩くのは戦争の常道です。
彼は、ロシア軍に悟られないように、いつもの演習をするフリをしながら航空機、大型無人機、戦車、装甲車、そしてウクライナの制空権を守るのに活躍した対空システムを隠したのです」 侵攻が始まった際、彼が掲げた目標はふたつ。「キーウを陥落させないこと」と「領土を奪われるときは、必ず相手にも出血させること」だった。
「その考えが顕著に表れたのは64㎞にも及ぶロシア軍車両の大渋滞を引き起こした作戦。
あえてキーウの手前まで長蛇の列をつくらせてから、最前列と最後尾の車両をドローンや砲撃で潰すことによって、進むことも退くこともできなくさせたのです」 ロシア軍の車両の多くが整備不足で暖冬のぬかるんだ道を走ることができず、脇道にそれることも不可能。
長期戦を想定していなかったため、数日間の立ち往生で兵站(へいたん)も尽きた。
「対抗策も講じない様子にザルジニー総司令官はビックリしたそう。『ロシアは私が最も対応しやすいシナリオを選んだ』とインタビューで語っています。
実際、彼は2020年時点で対戦車ミサイル『ジャベリン』の実験を含む軍事演習も指揮していました。この演習自体は失敗に終わりましたが、彼はロシアが攻め込んでくることを確信しており、着々と準備し続けていたのです」 ウクライナ出身の国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏は、彼の、適材適所に人員を配置する才能が最悪の事態を防いだと分析する。
「侵攻直後の混乱しているときに、彼は将軍らに裁量権を与え、それぞれの得意な地域に派遣し防衛させたのです。
例えば、キーウにいたマルチェンコ少将をミコライウという南部の都市に派遣しました」 ミコライウはウクライナ南部の造船業の中心地で、マルチェンコ少将の地元だった。
そのすぐ南のヘルソンはすでにロシア軍に占領されており、ミコライウが陥落するのも時間の問題だと思われた。
しかし、マルチェンコ少将が地元民と塹壕(ざんごう)を造り粘り強く抵抗したことで、包囲していたロシア軍を追い返すことに成功したのだ。
「また、もうすでに現役を退いていたクリヴォノス将官にはキーウ・ジュリャーヌィ国際空港の防衛を任せました」 クリヴォノス将官は特殊作戦部隊の創設者のひとり。
2014年のロシアによるクリミア侵攻の際、東部のクラマトルスク飛行場の防衛を指揮したこともあった。
今回の侵攻直後、キーウ近郊のホストメリにあるアントノフ国際空港は激しい戦いの末にロシア軍に占領されたが、大統領府から7㎞の距離にあるキーウ・ジュリャーヌィ国際空港はクリヴォノス将官によって守られた。詳細は明かされていないが、滑走路を工夫し、ロシア軍機の上陸を阻止したのだ。