77年前の8月14日、米軍が上空からビラを撒いた~~
明日は街を爆撃するから一般人は郊外へ逃げよと書いて有ったと。
街中大騒ぎと成り、リヤカーに家財道具を積み大混雑の中、
我が家も郊外の親戚の家に避難したのだが、家族10人は多すぎると断られた由(筆者3歳9ヶ月)…不確かな記憶。
混雑する人込みを逆行し町中心部の我が家に戻った。
父母は明日は全員が死ぬ覚悟で、家じゅうの食べ物(多分粗末な物)で
料理を作り夕食は最後の晩餐よろしく家族10人で食べた。
自宅玄関わきに掘っていた防空壕の中で一夜を過ごす事と成った。
子供心に、家族全員で入った防空壕での最後の宴は楽しかった。
そして迎えた朝、家に在ったラジオから玉音放送が流れ父が叫んだ。
戦争は終わった,もう爆撃は無い~~そして街中に歓喜の渦。
子供は危ないから外へ出るなと言われるほど皆興奮していた。
防空壕の中では我が家に歌い継がれている歌を父が教えてくれた。
元歌は讃美歌の一節だと言っていた。(仏壇から父母の目を感じる)
1,昔の我がやど変わらぬ故郷、夢の他に今日ぞ会える
ヒグラシ秋呼ぶ榎の木陰に親の笑顔を観んが為に。
2,雲間に眺める昔の我がやど、富貴も望まず名誉も願わず
神の恵みの長く遠く。
3,樹の間に眺める昔の我がやど、月も星も袖に慣れて
嬉しさ勝りて寝られぬ月影、川のせせらぎ虫の声や(この小節は不確か)