戦後の飢餓時代に幼児期を過ごし、栄養失調と偏食体質で成長は遅かった。
小学6年の時、3歳下の弟とほぼ同じ身長だった。
一番目の命の食糧は、学校帰りの川や沼から動物性たんぱく源を得た事。
中学校まで4km程の道程を、3年間歩いて通った。
通学路は決まってはいたが、食糧確保にほぼ回り道した。
小魚を素手で掴み、ザリガニのたまり場を見つけ小躍りし帰宅後、網で掬い取った。
その晩、ザリガニの唐揚げは腹一杯食べられた。
甘木川で蛍の餌となるカワニナ(通称ゴヒナ)を沢山見つけ捕獲、意気揚々と帰宅。
母が塩味に茹でた鍋一杯のゴヒナは家族全部で食べる量があり・・・美味だった。
中学時代、かなりの量の蛋白源は学校帰りに調達した。
そのお陰で、中学時代28cm身長が伸び、当時の標準サイズ(167cm)に達した。
二番目の命の食糧は、目刺し
定年後レベル4の大腸癌&胃癌同時手術後、一旦退院したが、抗がん剤を3週間投与後に
抗がん剤不適合と診断され再入院、手術前から20㎏体重が減り、骨と皮。
手術前、73㎏の体重が、手術後の1か月程で53㎏に激減・・・自立歩行できなくなった。
病院食が口に合わず、ドクターの許可を得て自宅から目刺しを持って来させた。
ドクターにしてみれば、生き永らえ出来ないならせめて好きな物でもとの配慮。
抗がん剤投与を断ち、目刺しを主な蛋白源としてみるみる回復。
爾来、2007年~20019年の現在まで、癌治療は全くしないで
体重は73㎏に戻り、その間、糖尿病を発症した為、自主的に体重を64㎏まで減量。
三番目の命の食糧は、氷頭(シャケの頭の軟骨)
凡そ4年前の12月、雪下ろしで自宅屋根から転落両膝骨折で救急搬送された。
両足ギブス体験で、身動きできず、おしめを当てられ、下の世話をして貰った。
氷頭は一般的ではないが、軟骨の主成分でできている。
それを、毎日少しだけ常食して居た。
多分、2~3カ月入院で膝に鉄芯を入れて回復を図るかもと言われながら、
外科医が驚く回復ぶりで、こんなに回復が早い膝骨折は初めてだと言わしめた。
僅か10日で退院し自宅療養でギブスも取れ、支援2に指定されたが、
半年後には、支援2も解除となった。
今も少しずつ氷頭を食べ続けているお陰か膝の痛みは全くなく日常を過ごせている。
四番目の命の食糧は、カゴメの、つぶより野菜ジュース。
妻に言わせれば野菜嫌いが口癖で・・・平成最後の暮れ、突然に複視を発症した。
脳のMRI検査でも異常が見つかず、眼科医も匙を投げ、しばらく様子見となったが、
酷い複視のままでは運転もままならず、一念発起でカゴメの野菜ジュースを注文試飲した。
野菜不足の体に野菜ジュースで、エンジンが掛かり、、複視は劇的に回復。
眼科医はもとより内科医にもこの事実は告げている。
余談ではあるが,、、つぶより野菜ジュースのお陰か!
糖尿病数値が普通食を続けているのに劇的に回復。
掛かり付けの内科医も毎回不思議そうな顔で、問診される。
皆様も、ご自分の命の食糧に思い当たるには有りませんか❔