乳幼児の突然の発熱で親の心は動転する。
孫の帰省が叶わなかったのも突然の発熱が39℃を超えたからだ。
緊急入院し事なきを得たとの一報でホット胸を撫で下ろした。
Drミカさんのブログ↓に適切な指摘がある。
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話は変わり、筆者が就学前の幼少の頃の事です。
戦後のほぼ70年前頃は幼稚園に通えぬ子供も多かったようで、
筆者は自由が拘束されると勘違いして通園を頑なに拒んだ。
幼稚園に通わぬ未就学児なども対象に、林間学校が開催され、
「バンビの会」と記憶しているが、歌や読み聞かせや影絵など、
目を輝かせて聞き入り参加した。(今のバンビの会とは別組織)
そんな中で、記憶に残る歌がある。
譜面も作者も判らぬまま、この歌を習い覚え、
家に帰り母の前で歌ったら、母が泣き崩れ、何度も何度も催促された
母の日の歌
1、青いお空にぽっかりと浮いたあの雲みていたら
母さん僕は私は思い出します白い乳
2、冬の夜でした病気して三日も寝せずに困らせた
母さん僕は私はこんなに丈夫になりました
3、荒れて大きなその指に光る指輪は無いけれど
母さん僕は私はきっとなります世の宝
特に2番3番を歌うとき母の号泣は強くなったと記憶している。
母の手は歌と同じく大きくて荒れていた。
この拙文を書きながら、優しかった母を思い出し涙がにじむ。
ご先祖様は帰られたが、以心伝心で伝わっていると思う。