他人の旅記録ほど面白くない物は無い。
但し旅に伴う失敗談やこぼれ話は別である。
菩提寺(安長寺)境内を写した写真ががネットに有り、
⇒素晴らしいその写真記事を引用します。
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目から鱗の話も聞きました。
平和記念館で検索すると、
川崎平和記念館などと数多く出てくる。
夫々の記念館設立の背景に光と闇は存在する。
引用↓
陸軍 大刀洗飛行場
歴史(2)
B29に体当たりした山本少尉機が撃ち落した現場へ

案内され感無量でした。
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今の日本にスパイ組織は存在しないはずだが、
戦前には厳然として存在し江戸時代は幕府が各藩が、
忍者と言う組織を利用してスパイ活動していた。
越中富山の 反魂丹(はんごんたん)
鼻くそ丸めて 萬金丹(まんきんたん)
それをのむ奴ぁ あんぽんたん
鼻くそ丸めて 萬金丹(まんきんたん)
それをのむ奴ぁ あんぽんたん
日本の津々浦々まで浸透していた薬売りこそ
個人情報を把握したスパイ組織と言っても過言ではない。
次に驚かされたのは、三国境石↓の場所とは異なる。
「三国境石」検索で概要は判るが、その場所は
実は三戸光圀公が関与した四国境石との話を聞いた。
信じようと信じまいと読者の自由だが、
鳥栖周辺の売薬業者を隠密として利用したのが光圀公で、
サロンパスで有名な世界一の張り薬メーカー久光製薬も
連綿としてこの流れを汲みこの地に存在する。
対馬藩に米が取れなかった為に、
光圀公は三国境の地を飛び地と決め、
引用↓クリック。
三国に楔を打った形となっていると興味ある話を聞いた。
法事の主催者だった甥は、義兄は戦死していないが
靖国神社の遊就館に名前が刻まれていると証拠写真付きで
説明していた。・・・高射砲だったか???
展示品の修理代を寄付し名前が刻まれたとの事でした。
爺婆旅は毎度の事ながら忘れ物の連続で、
お互いの顔を忘れなかった事がこの記事へ繋がりました。