旧企救町の志井の茶屋集落と、石原町、

新道寺二の町内に境を持ち貫山から
流れる東谷川支流の母原川に沿って広

がるのが母原の集落で母原川の最上流

部引地集落の一番奥の家から少し林道

に入り右手の山林の中に廃堂があります

。今はもう朽ちてご本尊など何も残ってい

ませんが、お堂の作りから廃止された
二市一郡のお堂であるのは違いありま

せん。いつか地元の方に詳しい由来など

を確かめてみたいです。引地の廃堂を少

し手前に戻り桑木田と引地の分かれ道の

場所に奥畑のお堂があります。こちらは

今も地元の方がきれいにお祀りしていま

す。母原の町内には他にも片山のお堂、

金部路のお堂、野口のお堂の5つのお

堂があります。

 

引地集落の最奥にある廃堂です。由来はわかりませんが屋根の下に

は看板をつけていたような跡が残っています。おそらくこれはお堂の

番号と御詠歌を張っていたものだと思います

 

 

 

お堂は貫山方面へ続く林道の脇の林間にあります。

今はもう、廃されていますがお堂の周りは地元の方が

時々草刈りをされているようです。

 

 

 

引地のお堂の前の林道で北方向を写しています

 

 

 

奥畑のお堂です、引地の林道の入り口を右折してすぐの左手にあります。

 

 

 

37番奥畑札所の看板です。ご本尊は釈迦尼如来です。

 

 

 

 

奥畑釈迦堂前の風景です。左の山は母原山です。