「帰ってきたら手ぇ洗ってよ」
「洗ったよ!」
「ちゃんと石鹸で洗った?石鹸少なかったでしょ」
「・・・」たんに石鹸つかわなかっただけやが
寒いし、ノロにも気をつけよう。
寒いといえば、北海道標津のマミーさんのところは氷点下12度!
すぐ手の届きそうな目のまえには、クナシリ島の写真。
こちらじゃあれは伊豆大島か?なんて気楽だが、ロシア領ともなれば緊張感も漂う?
そういや、モリシゲが作った「知床旅情」に ”はるか国後に白夜は明ける”という歌詞があったが
国後は夏至の頃、 3時半ごろに夜が明けることはあっても白夜はないそうな?
モリシゲに聞けば、そんな細かいことこだわるなって言うかな。
先日、例によってTVのリモコンをカチャカチャやってたら、
加藤登紀子が、半生を語ってる番組で手がとまった。
ブント系「反帝学連」委員長の藤本敏夫と獄中結婚したのち
彼が好きだった「知床旅情」を、偶然にレコーディングする機会に恵まれ
それがヒットし始めた頃、新幹線の中でまた偶然に森繁久弥に出会ったという。
知床の岬に ハマナスの咲く頃
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘に登れば
はるか国後に 白夜は明ける
旅の情か 酔うほどにさまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上
今宵こそ君を 抱きしめんと
岩影に寄れば ピリカが笑う
別れの日は来た 羅臼の村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃ嫌だよ 気まぐれ烏さん
私を泣かすな 白いカモメよ 白いカモメよ
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘に登れば
はるか国後に 白夜は明ける
旅の情か 酔うほどにさまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上
今宵こそ君を 抱きしめんと
岩影に寄れば ピリカが笑う
別れの日は来た 羅臼の村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃ嫌だよ 気まぐれ烏さん
私を泣かすな 白いカモメよ 白いカモメよ
「君は歌はへただけど、歌のココロがある」と言われたというエピソードを語ると
”その言葉、そっくりそのままモリシゲさんに返せばよかったじゃないですか”
とチャチをいれられてたが、そのあと 2番の”今宵こそ君を” のところは
”君を今宵こそ”とかいろいろ歌詞に間違いがあるけど、
まあそれは同じ意味だからいいが、サイゴの「白いかもめよ」のところは
「白いかもめを」でなければいけない。そうでないと全く違った意味になってしまう
と、こだわりをみせたそうだ。
なるほど、「白いかもめよ」だと 白いカモメは出てゆくキミになり
「白いかもめを」なら、白いカモメは 残った私ということになる。
レコードでは「白いカモメよ」と歌った加藤登紀子は、それ以後TVでもライブでも
「白いカモメを」と歌ってるそうだが・・・
よくよく歌詞を読むと、一番はオレたちのことを思い出してくれとオレが主語
二番も、美しい娘ピリカを抱きしめんとして笑われた?オレが主語
三番は逆に、でてゆくキミよ ワタシを忘れないで と、残されたワタシが主語
という解釈でいいのかなぁ?どなたか、ご意見ある人 手を上げてください。
まあ、人それぞれどうでもいいことと、こだわるところの境界みたいなのがある?
オレもよく 「そんなキズついたボール捨てなさいよ」と某君にいわれるが
「ウルセ、余計なお世話や」 ぜんぜんそういうの気にならないけど
パットする前は、そのきったねぇボールを丁寧に拭くんやでぇ。