イメージ 1

ワールドカップ、今夜いよいよ勝負だが、昨今のサッカーの盛り上がり方には隔世の感がある。

昭和38年、オレは高校に入学したが、何のクラブにも入らずブラブラしていた。クラスメートにサッカー部がいて、もうすぐ夏休みという時に
「夏に3年生が引退すると、人数が11人に足りなくなるのですぐにレギュラーになれるぞ」
と誘われ、不純な動機で入部した。
予算のない公立校、先輩のお下がりのボロボロのジャージやストッキングで、公式戦に出ると審判から
「服装をキチンとしないと、試合をさせないぞ」
と、脅かされたこともあった。スネあては竹製、ボールは練習が終わると空気を抜いて、ワックスで磨いた。

高校2年生の時が東京オリンピック。人気のなかったサッカーの券だけが売れ残り、各大学や高校のサッカー部にサバけと割り当てがきて、オレも駒沢競技場に友達を引き連れてガーナ対アルゼンチンの試合を見に行った。
「杉山」に海外のクラブから7000万円のオファーがきたというニュースにも皆で感嘆したし、そもそも黄金の左足と呼ばれたのは彼が最初だろう。

当時はMWというフォーメーションでフォワードが5人、ハーフが3人、バックス2人にキーパーという布陣、キャプテンが講習に行って「クラマー」コーチゆずりの胸や腿でいったん跳ね上げるトラップを教わってきて、練習したものだ。

あの頃、サッカーはマイナーなスポーツでラグビーとの区別がつかない人も多かった。オレも皮のシューズを運動具店に作りにいって、あやうくラグビー用のアキレス腱を覆う靴を作られるとこだった。

あれから40年経った今の盛り上がりようは凄い。女の子でもやる時代だ。
さあ、今夜はがんばるゾ!