【小説】カウント・ゼロ

著者: 黒丸 尚, ウィリアム・ギブスン
タイトル: カウント・ゼロ
ニューロマンサーに続くギブスン第二長編。
物語は三極で綴られながら進んでゆく、ギブスン得意の複数主人公による多角的進行。最後に、それぞれの物語が1つに紡がれてゆく。
主人公同士がどう絡むのか、楽しみながら読めるので、この多極構成はいい。
物語その1は、冒頭いきなりインドで何者かに放たれた自動追跡爆弾に吹っ飛ばされて爆死?→と思いきや、ばらばらになった肉体を一時間後シンガポールに移送され再生→海辺での逃避行的隠遁リハビリ生活を経てまた新たな仕事に入っていく企業傭兵ターナーが繰り広げる、ある企業技術者のヘッドハンティング作戦にまつわる活劇。#冒頭1ページ目から度肝を抜く展開!
期せずして行動を共にする少女アンジィとのやりとりが物騒な世界に生きるターナーと程よくアンマッチで、良い感じである。
物語その2は、画廊を営んでいたが罠にはめられて画廊を追われ、かつて愛していたヒモ男にも裏切られて幻滅し凹んでいる女、マルリイがひょんなことから「コーネルの箱」を探す旅路に。#作中では「コーネルの箱」とは言っていないが
もはや地球そのものを買えるくらいの超大富豪ヘル・ウィレクが、しっとりと雨模様のガウディ建築に囲まれたヴァーチャル空間でマルリイに依頼したことは、レースの切れ端など屑をコラージュして作った、箱を探すこと。
その「箱作り」とマルリイの出会いは、本作において最も荘厳かつ物憂げな、クライマックスシーンでもある。
本作の「箱」のモデルになった「コーネルの箱」というのがこれ。

物語中ではこの箱に対する幾つかの名文句が出てくる。
「この箱は宇宙を、詩を、人間の経験の限界に凍り付かせたものだ。」
「いったい誰が、こんなかけらを、こんな屑を並べて、こんなふうに心をとらえ、釣り針のように魂を引きつけるものを作れたのだろう。」
うーん、アートだ。
そして物語その3は、カウント(伯爵)・ゼロのハンドルネームを持つ新米電脳カウボーイ、ボビイの大冒険。
新米ハッカーのボビイは、新しく手に入れた侵入ソフト"Ice Breaker"を使って電脳空間"Cyberspace"に没入"Jacked in"している最中に、黒い氷"Black Ice"と呼ばれる防御プログラムに意識を破壊されかけるが、そのときデータの虚空から神秘的な少女の声が…#まんま宣伝文句です
というように、物語三極いずれも前作ニューロマンサーの世界観・ガジェットを思いっきり活用して、ツカミはオッケー状態。
前作では読者の半分を途中で挫折させたであろう、独特の難解な文章表現(いわゆるギブスン節)も今回はだいぶ和らいで、読みやすくなっている。
また書く側も読む側もこなれてきたのか、擬験(シムステイム)デッキ、没入(ジャックイン)といった様々なサイバーパンク・ガジェットも「何だこれは感」なく、すんなりと溶け込んでいる。
その分、虚脱的疾走感みたいなものは減衰している。今回はどちらかというとメランコリックな人間ドラマがメイン。各キャラ達が小味の利いた与太話をしてくれる。会話の雰囲気は、何となくタランティーノ映画のよう。
ニューロマンサーがあまりに有名&偉大すぎて、本作は影に隠れているが、実は読ませる力作。一部にはこちらのほうがイイ!という声も。
映画化するなら、どっちが先かな?
BGM->Black Eyed Peas"Monkey Business"2005