【小説】レディ・ジョーカー | 本を片手に街に出よう

【小説】レディ・ジョーカー



著者: 高村 薫

タイトル: レディ・ジョーカー〈上〉





著者: 高村 薫

タイトル: レディ・ジョーカー〈下〉



 いやあ、長かった。

 上下巻とも400ページ超でしかも上下2段組!

 その割には12月26日から読み始めて1月2日に読了。理由は本書が原作の同名映画を見ようと思い立ったが「原作を読んでいないと分からない」という意見があったので。



 本「は」面白かった。登場人物が沢山出てくるのだがそれぞれがそれなりによく描かれていて微妙に絡み合い、この国の縮図が本の中に構築されている感じがした。

 ストーリはと言えば、何だか、どこもかしこもちょっとつつけば金、暴力、ゆすりたかり、というような、物悲しい、救いようのない展開で、この国の実際および今後を暗示しているようでちょっと寒い。先日自分自身で「こんどは内容薄くても元気が出る本で」と言い放った割には真っ黒な本を選択してしまった…

 文体は正直読みづらい。が、とりあげているテーマにばっちりあっていて、物凄くどす黒い気分に浸れたという点では、名文であり名作なのだろう。





 で、映画は…やっぱり、駄目だった。



 多くの人が評しているように、2時間の尺では無理だったのかも知れない。ちゃんと撮ってくれるなら、12回のドラマとかにしたほうが良い気がする(関係ないけど、米国のTVドラマは映画的で見ごたえあるものが多いが、日本のドラマが軽薄に見えるのはやっぱりセンスと能力の差なんだろうか?)



 物井がどういう経緯で犯行を思い立ったか、そこが深くて重要なのだけど、物凄く説明チックな軽薄さで登場人物をざーっと紹介して、いきなり犯行シーンへ…それじゃ小説読んでない人は分かんないし、小説読んでいる人でも、おいおいいきなりそこからかよ、となってしまう。

 更に混乱するのが、犯行シーンまで中途半端に設定や人物の紹介を引っ張っておきながら、途中でそこに至る経緯へ回想っぽく戻った挙句に長く続くため、多分話の前後関係が全く分からない人が続出したのではないか?



 このように導入部分が駄目なので、途中は頑張っていたところもあったんだが、全般的に「原作を均等に間引いてまじめに映像化しました」という凡作になってしまっている。





 原作は大雑把に言って



・権力者や大企業に翻弄され、搾取される弱者的立場の人達が、強者を陥れ、社会を翻弄し、未曾有の犯罪を企てて実行しまんまと金をせしめた後にそれぞれの生き様を清算していく人間ドラマ



・レディ・ジョーカー事件をきっかけに頭をもたげる、日本の社会や企業に巣食う闇社会との複雑怪奇な絡み合い、そしてその闇社会に立ち向かうが何重もの壁や深い落とし穴に阻まれ、憤る警察や新聞の現場、そして事件の推移とともに徐々に明らかになっていく巨大経済疑獄とその結末



 という2点が大きなテーマであると思うのだが、どちらも中途半端にしか描けていない。削れるシーンは沢山あると思う。例えば現金授受の車移動シーンは、それぞれの刑事の表情をいちいち順番に映さずに6分割にすれば時間も削れるし追跡中の臨場感も出ていい、とか。



 もう1つ決定的なのが、東邦新聞関係および総会屋絡みの疑獄関係が完全に削除されてしまっていること。そこまで割り切ったなら、前述のようにもう少し頑張って、せめて秦野家の崩壊をもっと丁寧に描くとか、レディ・ジョーカーの命名の由来とか、ちゃんと映像にしてくれよ!





 他にも、私見かつどうでもいいような事も含まれるが、意見/注文多数。

 (ネタバレあり)



・映画タイトルコール。自分的には定規で書いた「レディ・ジョーカー」であってほしかった。定規で書いた字(手紙)は物語全般においてビジュアル的キーイメージの1つでしょう?どーん!とか仰々しく出てくる割には普通のフォントなんだもんな…



・冒頭は、やっぱり物井清二の手紙を全部紹介すべき。何で会社クビになったかはセリフでさらっと説明するんでなくて、もっと重たくすり込むべきだし、以降物語中でも亡霊のようにつきまとう重要事項であるはず。途中途中の手紙に触れるシーンでついでに中身も小出しにして伝えようとしたっぽいが、かえって混乱を招いている



・合田役、トレンディドラマ(言い方が古いのはすみません)のサブキャラっぽくてイメージに合っていない。微妙に浮いている(映画の中でも「浮いてんだよ!」とか言われてたな…)



・会社役員(たしか一徳さん)、「この件は保秘だ」とか言っていたような…保秘って警察用語だろう?



・現金輸送の運転手、多分犯人からの電話に対して「了解」と言っていた…偽装バレバレだ。お前は刑事だ間ぁ違いない!(まあ現金授受自体がなんちゃってなので犯人側としてもいいのかも知れないけど)



・この映画は上下2部作にすべきだった(KillBillのように。興業的に無理?或いは製作側の許可が出ない?)



・またはいっそのこと、警察サイドで1本、新聞社サイドで1本、同じ物語を2つの視点から描きつつ、かつ警察サイドでは組織の硬直と葛藤、新聞社サイドでは日本の闇経済をテーマに、2本の映画を作ったらよかったのでは。警察サイドはレディ・ジョーカー「呪縛」、新聞社サイドはレディ・ジョーカー「腐食」なんてのはどうか?

(金融腐食列島のパクりみたいなタイトルだが)



・全盛期の市川昆監督が撮っていたら…どういう映画になっていたかな?