なんで人並みにコミュニケーションとれないんだろうなあ。

コミュニケーションとる気になるときもあるが、いざとなると今度は声が出ん。少しも声が通らない。自分の声が自分の耳に届かないほど。


聞き返されるならまだしも、声を発したことに気づかれない。

力を入れて声を出すと裏がえる。


声を出すことに疲れるし、もともとそんなに人と喋りたくもないわけで、面倒くさくなって無口になると、さらに声帯が怠けて、声は出なくなる一方だ。


腹筋をして、複式呼吸をするのだと、発声の練習で言われたよなあ。昔。

そんなことしなくても、大抵の人間はあたりまえに、低めのテンションでも声は出せてるのに。


頑張って声ひり出して、やっと自分の耳にかろうじて届くていど。

数歩先の相手が困惑した顔で「何か言ったか?」と言いたげな表情を浮かべる。


人と気の利いた適当な会話が浮かぶ頭は無いわ、いざというとき声は出ないわ、人に興味持てないわ、頑張って改善させるモチベーションもないわ、ウンコハンデが多いんだよ。


まあ、こんなどうでもいい悩みをウジウジ考えていられるというのは、まだまだ平和な毎日ということで、悪くはないのだろう。

1ミリも自分に価値を見いだせないが、そんなことを呑気にいってること自体が、とても贅沢だな。大体、自分の価値を見いだそうとしている無意味な時間があるというのは、よほど暇だということだ。

私自身の無能さが許される今の環境は、大変恵まれている。


年が明けてた。。


たしか大晦日はモロウィンドやってた。

年越しモロウィンド。

で、何か適当に始めたクエストで、おばさんをお祈りする石碑?みたいなところに連れて行くっていうミッションに挑んでた。

一応石碑は見つけたけど、そこは小高い丘の上に設置してあり、どうしてもおばさんがその丘を越えられない、ってところで詰んだ。

おばさんを連れて行くだけだから楽に終わるだろうと思ったのに。面倒くさい。こんなクエスト受けるんじゃなかった。


どうやったらおばさん、この高さを越えてきてくれるんだろ。

小刻みにジャンプしろよ私みたいに。こうやって斜め方向にピョンピョンしてたら登れるってば。まったくもう、マイクラの羊ならもっと楽に誘導できるのに。


あーもうやだやだ寝よ。

つってその日は寝たんだよ。



そして、1月1日は、旦那と子どもたちだけ、旦那の実家に行って、私はやっぱり家でゲームしてました。

まあ、まったく保守派の理想ではない嫁で妻で母ですね。

ただ、私にとっては理想的な正月が迎えられたよね。


いやはや、だれも損をしないストレスフリーの正月ですよ。これはこれからのスタンダードな流れになっていくさ、きっと。


旦那の実家で「夕飯にすき焼き食べた」と息子たちはニッコニコで帰ってきて、私に夕飯何だったのか聞いてきたので、「冷凍の坦々麺だけど」と応えたら、「ええええええ!まじで!」と次男に憐れみと呆れの入り混じった目を向けられた。


なにを食べたかではないんだよ、どんな時間を過ごしたのか?が大事なんだよ。

一人時間、YouTube垂れ流しながらゲーム三昧。食事の準備なし。


一人のときは家族持ちを羨んで。

家族を持ったら一人を望んで。

業が深い私。

私は発達障害だが、人をあやめたいと思ったことは一度もない。これからを考えても想像もできない。まったく腹立たしい。


ネットニュースのコメント欄などで、その時の気分で短絡的に「発達障害だから」という文脈であっさり非人道的な暴言を吐く人は、どういう精神状態なのだろう。

誰しも、いつ鬱になるかもわからないというのに、精神を病むことがあるかもしれないのに。


精神疾患だから、発達障害だから、などと、極端なことを言い出す人間の精神も、かなり心配だと思う。


精神障害者に限らず、痛ましい事件が起こると、だから外国人は、だから高齢者は、とか、とにかく主語がでかい。もう、何か日頃鬱憤がたまってて、ここぞとばかりに爆発しそうなのだろう。あんたが怖いよ。


男性の凶悪犯罪率が高かった場合に、「これだから男は」って言われたら、「はあ!?」てなるだろう。犯罪に巻き込まれるのが大概が力の弱い女子供だったりするのだから、主語を大きくしていけば、“男”が主語でもおかしくないじゃないか、この主語デカ暴論族の言いように照らせば。


もうやめましょうよ。

デカすぎる主語と、暴言を垂れ流す前に、そのキーを押してる自分の指を止めて、いったん考えなさいよ。

どんだけ人を傷つけてると思うの。