テストで良くできる時もあるし、そうじゃない時もある。

どれだけ理解できてるかを測るもので、理解してないところがあぶり出されるだけ。

それ以上でも以下でもない。現状がわかるだけだ。


そこにもって、良い点だったらお金渡すってのが私には解せん。


トモがテストで良い点取れたといってテストを見せてきたので、「勉強がんばってるね。すごいじゃん(※)」と言っておいたんだが、そこに居合わせた旦那が後ろで、なにやら小銭ためてる貯金箱持ってくる音がして、「また次良い点とったら、教えてね」「うん!」とか言ってる声がした。

(※テストの点褒めるというのも、どう言ったらいいのかよくわからんので、テキトー感がすごい)


へ?金渡した?なんで?

いきなり勝手にやられて、ちょっと慌てた。

それ違うのでは?

金のために勉強するってことか?


「ちょっと。テストで良い点とったからって、お金渡すのは違うと思うんだけど」と言うと、「そーお?」といつものように、なんか悪いことしたっけ?くらいの呑気な返事がかえってきた。


どうしたらやる気になるだの、その声かけは間違いだの、ほんといつ誰が決めるものなかのか、世に広まる教育方法は細かく厳しいダメ出しのトラップがまき散らされていて、正しい声かけなんて親からされてた記憶もないこっちとしては、なにが正しいのやらサッパリわからんが、テストの結果で金払うのは、やっぱ解せん。


正しい教育方法も、健康法やスポーツの練習みたいに、「ウサギ跳びはダメらしい」とかって後世で覆ったりするくらい誰も正解を知らないものだから、“金で釣るのは正解です”って証明される日がきたりするんだろうか。


テストのために勉強を一夜漬けしようとする学生だったから、教育・学問の理想なんて語れんけど、テストの点のために勉強するのは本来の目的とは違うのだろうなあ、とは思ってた。


労働に対価がある。

労働の質に対価が増える。

労働を選ぶ立場になるために学力(学歴)が必要になる。


学校の勉強も、最終目標はお金になるだろうけど、それ最終的な結果であって、今テストの点で金もらえるってのは、なんかやっぱ腑に落ちんなあ。


実家はそういうシステムだったん?

それとも旦那がとっさに思いついた独自の褒め方法か?


いやでも、これは無いなあ。

だから、これっきりしてもらう。

トモにも、「テストで良い点だったらお金もらえるってのは、ちょっと考えられない。今回限りだと思ってくれ。ごめん」という旨を伝えたのだった。


トモ的にはどっちでもよかったみたいで、いきなり金もらえてよくわからんけどラッキーくらいの感覚だったようだ。

これまで私はテストの点如何でお金渡したことないからね。旦那ルールいきなり出てきて、こっちもビックリだよ。


なにが正しいのかね。

私もわからんけどね。