まとまりなく呟くので、意味不明な文だけど、すみませんね。

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アスペルガーもカナーも、高機能自閉症も、細かくカテゴライズせず、特性が重なったり、濃かったり薄かったりするので、今は自閉症スペクトラムという。(自閉スペクトラム症という人もいる)

アスペルガーは知的に高いとか、言葉の遅れはないらしいが、知的に高いわけでもなく、言葉も遅かったトモチには、アスペルガーの特性があると私は思う。

自閉に多少知恵がつくと、アスペルガーになるのかね。最近知恵がついてきて、そう思う。

とにかく自分自分。

つーか、自閉症は基本的に、知恵があろうがなかろうが、自分自分。言葉がなくても、あっても、自分が一番。

そういう脳構造。
瞬間的に自分を第一に考える。

誰でも本能ではそうかもしれない。
でも、そこにフィルターがあって、思いやりであったり、もしくは、「嫌われたくない。嫌な奴だと思われたくない」という打算があって、本音を飲み込む。

それがない。
自分第一の本能で生きてる。

知的な遅れがあった頃、自己主張は一方的な泣き叫びだったものが、多少言葉が増えて知恵がついたら、言葉と行動で一方的に自己主張するように変わった。表出の仕方が変わっただけで、自分本位なのは変わらない。


トモチは、こちらがどれだけ訴えても、弟のおもちゃを取り上げ、独り占めをやめない。

言葉でわからないから、怒ったって、おもちゃを取り上げたって、自分が使いたいと叫ぶだけ。

一度怒りを鎮めて理屈で話しても、自分が使いたい。どれだけ話しても。自分自分。

そして、次第に意識がうつり、怒られながらテレビを見て、怒られた数秒後に何事もなかったかのように笑っている。

アスペルガーがどうとかいうより、自閉症の脳がそうなっているのだろう。

こんなんでも、保育所や療育園では独り占めなどしないのだという。本人がそう言った。馴れ合いが出来る人間相手に、本能が出てしまう。

近しくなった友達、恋人、伴侶、親、繋がりが濃くなるほど、本能が出る。



私も自閉症スペクトラムと診断されている。

思えば友達から「どうせ自分のことしか考えてないだろう」というような指摘をされてきた。指摘してくれるような友達であったことが幸いとも言える。

私は自分の保身ばかりを考える。
自分の安全地帯を探し、災難が降りかからないように生きてる。


何か物事の判断をする際に、自分第一の“自分脳”に瞬間的に接続するまえに、“情”というフィルターを通すと、きっと人を不快にはさせないでいられた。

その情フィルターを手に入れるには、時間が必要であった。

親から、やいのやいの言われるより、他人から「あんたは自分本位である」ってことを指摘されたり、友達を失ったり、何度も苦い思いをして、やっとこさ手に入れられた情フィルター。
でも、本能である自分脳はしぶとく強く、情フィルターを忘れることはしばしば。

さらに、苦い思い出が黒いものを残し、ひねくれた感情がわざと情フィルターを外したりもする。


トモチが弟のことを思いやったりするのは、もっと先になるだろう。
経験を経て、情フィルターを手に入れるまで。