4月中、風邪をひいてなかった日は1日として無く、もれなく1ヶ月ずーーっと風邪をひいていたピロさん。トモチも、ピロさん経由でもらっては緩く風邪をひき、治りそうになっては次の風邪をもらい。そんなこんなで、二人とも風邪ひいたまま5月を迎えた。
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4月終わりの親子遠足は、前日に突然起こったトモチの腹痛をともなう下痢により、大事をとって中止。遠足の最中に腹が痛いとか言われても、現地で下痢されても、トモピロ二人とも風邪が悪化されても、ほんと困るんだ。
なにしろ、その2日後にやってくる三連休で旅行する計画を立てていたもんだから。体調不良は困る。2月から計画してたんだもん。
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そうして迎えた三連休、城島高原に行ってきた。晴れてよかった。
トモチは、前日から「りょこうにいくのー」と保育所の先生に報告していたが、全行程ひっくるめて“旅行”という行為であることを理解することはやはり難しく、恐らく“りょこう”という場所に行くのだと勘違いしていたと思う。
「りょこうまだつかないー?」と何度か聞いてきたので、「今旅行中なんだよー。車に乗るのも、ホテルに泊まるのも、あそぼーいに乗るのも、どっか遊びに行くのも全部ひっくるめて旅行なんだよー」と、トモチに分かるか分からないか定かではない説明を何度か繰り返していたら、いつのまにかトモチからの質問の仕方が、「いま、りょこうー?」に変わっていた。
あそぼーいは、4両編成。1両目と4両目と3両目は指定席で、1両目と4両目はパノラマカーになっており、ぐるっと大きく窓をとってある。
3両目には“白いクロちゃんシート”という親子ペアで座れる席があり、子供が窓際に座れる仕様。そして、この列車の目玉と言えるだろう木のボールプールや絵本棚が備わっており、ボールプールには必ず一人の女性乗務員さんが常駐して子供の相手までしてくれるという恐れ多くもありがたいサービスがついておる。必ず親もそばにいることが決まりだ。
行きの列車は3両目に席を取った。トモチは2時間の乗車時間をほぼボールプールで過ごしていた。
ボールプールに近い席だったので、トモチの声もよく聞こえてきた。
トモチ「はい、牛丼ですーどうぞー」
乗務員さん「おいくらですかー?」
トモチ「100円です」
乗務員さん「安い!」
という、やりとりが聞こえてきて、なんとなく、我が家の経済状況というか、生活レベルをしのばせる、しみったれ庶民の空気感を漂わせていた。
100円というわかりやすい金額しか知らないトモチなので仕方ないんだけど。
牛丼一筋300年。
早いの、
美味いの、
やっすーいのー
まあ、それにしても、知らない子供たちの中、臆せず一人で入り込んで行き、乗務員さんにグイグイ話しかけていく様子は、去年からするとえらい変わりようで、進歩っちゃ進歩だなあと、感慨深くもあった。
去年はデイサービスが始まった頃で、やっと母子分離に一歩踏み出したくらいじゃなかったろうか。私も過ぎ去ってくことをあまり覚えてないタチで、どんな様子だったかしっかりとは記憶してないんだが。
帰りはパノラマカーに席を取っていたが、全員眠りこけてしまい、折角のパノラマも堪能する事なく、いつのまにか終点に着いていた。
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今回の旅行は、ピロさんが生まれてから初めての旅行だった。
トモチが以前よりも親にべったりじゃない代わりに、フラフラ一人で適当に歩いて行ってしまい、勝手に迷子になる手間が加わった。こだわりと頑固さはより堅固になり、意味がわかってんだかわかってないんだか、いっぱしに口答えを覚えて、そのわりにやる事なす事2歳児レベル。扱いづらさが半端ない。
「2歳児頃に比べたら、随分楽になった」と成長を喜ぶ自閉症児の親のブログを読んだりもするが、うちの場合、2歳の頃は癇癪と悲鳴は酷かったものの、今、育てづらさで言うとどっこいどっこいか、なんならそれ以上な気がする。昔は味覚が育ってなかったから、偏食もなかったし。ますますややこしくなった。
さらに、ピロさんという、縦横無尽にテッテケ走って行ってしまう、気が抜けない2歳児も加わり、親の私たちは口を開けば「疲れた」しか出てこない、四十路には若干ハードな旅行であった。
「しばらくは旅行はもういいや…」と遠い目で思う。
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トモチはとても楽しんでくれたようだ。
「ともくんねー、きじまこうげん好きー」と、帰ってきてからもしばらく言っていた。
三連休が開け、保育所に行き、1歳児クラスでピロさんの荷物を整理したり布おむつに履き替えさせてる間、1歳児クラスの先生相手に「せんせい、あのねー、ともくんねー、あそぼーいにのったー」と報告していた。
楽しんでくれたのなら、親としては本望だ。
風邪が若干悪化した気がするけど、後半の連休で体調を整えていきたい。