おととい、保育所の申請書をもらいに市役所まで行ってきた。
子育て支援課が、わざわざ会議室に配布会場を作って、整理番号札順に受付をする。
子育て世帯の一大イベント、保育所争奪戦。そのスタートライン。

市の療育相談室の相談員さんにも同席してもらった。その方が心強い。私の困り事も承知してくれてるし。

私は意識があっちこっちにとんだり、相手から言われた一言に頭の中でこだわり続けて、聞かなきゃいけないことを聞き逃すことが多い。友人からは、「おまえ、聞いてねーだろ」と突っ込まれることが多いもんで、人の話に相槌うつことに気をとられて話が頭に入らなかったりする。何人かと話をしてると、なんの話かついていけないという、私もなかなかのもんなんだ。

「人の話を聞いてない、指示が通らない」なんて、トモチのことばかり悪くは言えない。オマエモナーである。

相談員さんが、私では思い浮かばなかったツボをついた質問など代わりにしてくれたり、「トモ君の資料はうちにもありますので、お母さんさえ良ければ、うちから子育て支援課の方にお渡しすることもできますが」と、言ってくださったり。
味方についてくれてて本当にありがとう。


で、まー、なんちゅーか、「子育て支援」なんて言っても、中で働く人は、所詮お役所の人なんだなー、という印象であった。
なんだか、途中で泣けてくるのであった。
この辺の詳細は省く。

支援は、各家庭の状況、子供の状況に応じて、柔軟に対応してもらいたいものだが、「前例がない」とか、そういったことで、なかなか良い具合には収まらないものなんだな、お役所仕事っちゅーのは。

むーん…
市内にある私立幼稚園の情報が載ってる冊子も一応持って帰ったが、各幼稚園の紹介と募集人数などが書いてある中に、障害児の受入の欄が別枠であり、「要相談」とある。中にはただ一言「なし」とだけ書いてあるところもあり。とにかく、入りたいところに入れる雰囲気など、我々にはないらしい。

なんかもう、障害があるこっちが厄介者で、入りたけりゃ平身低頭で「面倒かけますが、どうか入れてやってください」とお願い奉らなければならないみたいな卑屈な気分になる。

「どうしても健常者様にお手間をとらせることが多い一生ですから、へぇ、すんません。すんません。こんなんでも生きさせてくだせい」
(↑卑屈さからくる嫌味な気持ち)

なんだか、しょっぱい気分になったが、とにかく、申請書等、諸々の書類はもらって帰った。

申請を出して、結果が出るのは、おそらく他の方達よりも遅くなるだろうとな。

で、12月の提出までに、わたしは方々に手を回し、療育相談室からはこれまでの相談内容をまとめたもの、療育施設からはトモチの診断書、意見書、推薦書等、デイサービスからは出来ること苦手なことの報告書、そして、私自身の診断書などかき集める。選考の足しになることを願って。


喋る言葉は増えたけど、コミュニケーションにうまく使えておらず、「うほほぶおーむふあーん。って知ってる?」と、意味不明の問いかけを、ずーーーーーーーーっと延々し続けたり、大きな独り言をがなり続けたり、ゲラゲラと一人で笑い始めたり、とかく一方的で謎だらけのトモチ。

保育交流の時は、おともだちが話しかけても、あさっての方を見て、目を合わせることもなく、というか、目の焦点あってなかったね。
話しかけたおともだちが、困った顔して私の方を見ていたよ。

手を引いて座るべき場所に誘導しようとしてくれたおともだちがいたけど、知らない子供にはなかなか心開かないので、頑として動かなかったね。やっぱり困った顔したおともだちが私を見ていたよ…

年中になれば、周りの成長スピードも上がって、さらに差は開くだろうけれど、学ぶことは多いよ。
ガチの集団行動は初めてだもんね。最初は辛かろうが、どうにか保育園でステップを踏んで、徐々に前に進んで欲しいんだ。

入ることができれば、なんだけどね。