5月にピロさんの初節句をすることになっている。去年の5月はまだ生後1ヶ月にも満たなかったし、実家は地震でゴタゴタしていたので見合わせていた。

トモチの時と同じ太宰府の店で、両家の親を呼び食事会。豆腐料理なので、年寄りの胃に優しかろう。ピロさんも問題なく食べられるだろうし。

今年は数えの5歳でトモチの七五三もしておこうと思っており、早めに家族で写真を撮りに行こうかと考えている。

ネットで見つけた、一軒家が丸々スタジオになっている“自然光で自然な表情”を売りにした写真屋なんてのがいいなーと思ってるんだが、そもそも七五三の袴みたいな思いっきり非日常的なモン着て、自然もヘッタクレもないかとも思われ。
11月のお参り自体は、洋装で行きたい。


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今年は珍しく母の日父の日に、両親に贈り物でもしようかと思っている。

実両親には常日頃から本当に世話になっており、感謝しとるんだが、贈り物は躊躇してきた。

結婚してからやり始めた、お中元お歳暮以外では、記憶する限り小学生以来の贈り物ではなかろうか。

うちの親はヘタなもん贈ると本当に迷惑そうなので、お中元もお歳暮も毎年決まっている。お中元はソウメン、お歳暮は洗濯洗剤。

試しに、たまには違うものをと思って、ご飯のお供的な佃煮セットを贈った時は、父親から「おい、おまえ、欲しいのあるなら持って帰っていいぞ。欲しいだけ持って帰っていいぞ。」と本当に迷惑そうな顔で言われた。

ゆっくり食べても腐りにくそうだし、一袋ずつ真空パックされて量はそれぞれ少なめだったのだが、それでも量が多かったか、好みの食材ではなかったのだろう。

贈り物というのは難しい。

昔、私の兄が学生時代に大量に作ってきた処女作の焼き物の小鉢は、大量すぎて一部は飼い猫シロの器になっていた。父親は「持つと重いんだよな。良い器は軽い」的な感想を述べていた。処女作に対して言うには辛口だと思う。
母親は迷惑とも嬉しいとも言わなかったが、“猫の器にする”という行動が物語る。

うちの喜ばれなかった贈り物の末路は、こんなもんである。
我が子の贈り物には容赦がない。

さすがに義母から実家に贈られた義母作のコーヒーカップや、なんでそんなものを贈ったのか、“贈られたら困るプレゼントランキング”の上位に入りそうな、ただ置いて飾るだけの義母作スイーツデコなどは、これからの付き合いを考えて、今でもとりあえず飾ってあるが、母の友人に至っては「捨てちゃえ」と言っていたらしい。



そんな贈り物事情の中…

今回、あえて形に残るものを贈ってみようと思っている。これはもう、感謝の気持ちというより、あの親への挑戦。30年贈り物をしていない私の、滅多にプレゼントで喜ばない親への挑戦。

嫌がられるか、喜ばれるか。
二つに一つ。

迷惑がられて要らなそうなら、私が引き取ってもいいと思えるものを贈るつもりだ…

親とはいえ、人の好みのストライクゾーンなんて、正確にわかりゃしないのだ。贈り物は、贈り手側の好みが反映されたものになるのは、ある程度仕方ないよね。