沖縄の那覇市に住んでいたことがある。
小学六年の夏から中学二年まで。
多感な時期を過ごしたせいか、住んだ期間は短かったが沖縄の話題をテレビで見ると深い郷愁にかられる。
中学時代だからこそ、その時の自分に帰りたくなるのかもしれない。
そこが、沖縄だったからなのか、自分が中学生という年代だったからなのか、その両方によるものか、なにしろあの頃がとても大事なものなのだ。
ぼんやりして冴えない女子中学生で、小心者なのに反抗期、下がり続ける成績。
まだ高校受験は具体性を持たず、どこか他人事で、宙ぶらりんでお気楽な日々。
ファンタジーな漫画や小説にはまりこみ、漫画家になりたいなどと思いながら、カーテン巻きつけたような服を着た異世界の人物の絵を真面目に描いていた。
夢見がちで地味な娘であった。
行動範囲も視野も狭く、家と学校の往復。塾、本屋、そして友達と親。
それだけの世界。
そんな繰り返しの毎日に、白い日差しと、アスファルトの照り返しで黒焦げになる夏や、やたら風が強くて意外と寒い冬など、沖縄の四季が重なってきて、沖縄という場所はこうだったという私なりの故郷が出来上がっている。
で、なんでまたそういうことを今更思い起こしているのかというと、その頃よくつるんでいた友人が、午後から遊びに来る予定だからだ。
お互い同じ時に転校してきた県外出身者同士であった。
その友人とは、沖縄で一番長く行動を共にしていたが、実のところそんなに好きな相手ではなかった。
二人ともまた別の県に引っ越したので、それでフェイドアウトかと思われたが、Facebookが「知り合いかも?」とかいって我々を引き合わせてしまった。
とにかく面倒くさい人、という印象しか残っていないのだけど、かなりインパクトは強く、沖縄の思い出には彼女が良くも悪くも大きく関わっているのである。
一度、妊娠中に博多で会っているが、「お?丸くなったな」と思ったのもつかの間、やっぱり気質は変わらないんだなー、むしろ大人になって行動範囲が広がった分、さらにタチが悪い方にパワーが増しとるなという印象だった。
あの時、まったく笑えない泥沼のエピソードを披露してくれた彼女を、楽しみでもあり、怖くもありながら、今、うちに来るのを、お片付けしつつ待っているのだった。