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NO.8323
2012年2月4日土曜日 22:46 さかえ

この内容は、カフェにアップされたある体験者の苦痛という題名の体験談であ
ります。
。。。。。
私は統一教信仰にキュウリの塩漬けのように漬けられた家庭で生まれ、両親に
よって信仰を強要されて生きてきた人です。
他人のようにそのありふれている恋愛やデートも一度も出来ず祝福式に引きず
られて行って望まない最悪の相手と結婚した後、すさまじく結婚に失敗しまし
た。
あれこれ祝福の問題点を沢山並べますが、
私のような祝福を受けたとすれば、多分気絶びっくり仰天するでしょう。
ただ、沈黙するだけだが、徹底的に壊れてしまった私の人生を考えれば、苦痛
が押し寄せて、その中に含まれた痛みを表現する方法がないです。
私は誤った祝福結婚により苦痛を味わいながら人生を振り替えてみることにし
ました。
その中にいる時は誰より狂信徒であり、教理に外れないように生きてきました。
私が統一教の矛盾と問題点を悟る契機はアイロニーにも祝福でした。
ものすごい苦痛が個人的には結婚失敗につながったが、
今、そちら(統一教)を離れて私が行きたい道を歩いていく今は心だけでも幸
せです。
ただし、私が名のない人の苦痛を残す理由は私のような苦痛を味わわないこと
を願うからです。

私は心に重い病気にかかりました。
そのどんなものでも治ることができない程ものすごく痛いです。
苦痛につかって涙で夜を過しながら生きています。
祝福、それは騒がしい宣伝とは違って個人が担うことがさえない苦痛であるだ
けでした。
私は傷と苦痛を治癒してみようとたくさん努力をします。
しかしとても長い間やられてきた痛みは病気になってしまいました。

誰か私の文書を読まれたら、率直にしてみましょう。
祝福受けてからどれくらい幸せだったのですか?
(相手が)会話になりましたか? 理想が合いましたか?
正常な責任感と経済力は持ちましたか?
一夫一婦制に忠実だったんですか?
義務で生きたことではないのですか?
祝福家庭というタイトルに合うように幸せだったのですか?
私はその単語だけ聞いても胸が砕けるように痛みます。
もちろん一部は良い暮らしをする人もいるでしょう。
そのような場合はすべて信仰という共通分母がある場合にだけ家庭の平和と大
きい曲折ない生活を送るでしょ。
一方が信仰がなかったり、または、家庭生活に適合しない人の場合その結婚が
どのようだったのか考えて見たんですか?
多くの人々が沈黙で一貫するだけ、子供のために、信仰のために、他の人々が
分かるかと思って隠しながら諦めながら生きてきました。
その垣根を抜け出して自分の人生を生きて行く勇気が無いんです。

望まない結婚と苦痛な人生を体験した後、私は両親兄弟と縁を切って離婚を選
択しました。
血縁の情も切ってしまいました。 
これ以上耐えることができない程苦痛だったためです。
私は酒やタバコは一度もしませんでした。
まともな精神で暮らそうとすればもっと大変な時もあります。
私の希望は真実が明らかにすること、自由に私が願いとおり幸せに暮らしてい
くです。今は飾りを脱いで、とても痛い、とても苦痛だと言いたいです。
ものすごく痛くて心が麻痺したと大声を出したいです。
いつ頃私の苦痛は治ることができましょうか?
こいつの宗教のせいで私は無神論者になりました。
その何を持っても私たちが体験した苦痛の補償を受ける道はありません。

ものすごい孤独と自ら人生を選択できなくて、人間として最小限の選択の権利
さえ剥奪されて生きてきた私の愚かさを恨んで、二度とそちらを見ないよう未
練を切ってしまいました。
果たして神が宗教という美名の下に人間の普遍的選択権利を剥奪しろと教えた
のか気になります。
誰の専売特許なのか笑いしか出ません。




 

 
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