花細(はなぐは)し 葦垣越しに ただ一目 相見し児ゆゑ 千度(ちたび)嘆きつ (万葉集巻十一 2565)

訳)美しい葦の花穂の垣根越しに 一目だけ ちらと見たあの娘のせいで 幾度も嘆いた

まず、「細し(くはし)」は、美しいこと。繊細な美しさ、この世のものとは思えない、霊力を持っている、みたいなニュアンスもあるようです。

楳図かずおさんの漫画「まことちゃん」の「グワシ」は、これとは関係ないみたいですが。

歌に戻れば、

垣根越しに、一目だけ、ちらと見た人のために、千度も嘆いた、と。

一と千の対比も面白いですが、千度は、もちろん、実際の千度ではなくて、何度も何度も、ということ。

当時、女性は、出歩いて男性と話したりすることは、あまりなかったそうです。

男性にとって、女性は、垣根越しに見るものなわけで、そうなると、用もないのに、垣根の前を行ったり来たりして、女性が出てくるのを、待つ者もあったようです。

宮本輝の短編「暑い道」に、こんな場面。「さつき」という美しい娘が、親戚にあたる自転車屋の夫婦に引き取られた。

「さつきが来て二週間もたたないうちに、オートバイに乗った高校生たちが、エンジンをふかして自転車屋の周りを行ったり来たりしはじめた。」

かわいい娘がいると、その辺りを、行ったり来たりするのは、今も昔も、同じなのでしょう。

垣根越しに見る。これが、垣間見、なんです。

よく、垣間見る、とかいいますが、あれです。

ちょっと見た女性に一目惚れ。

「相見る」を、古語辞典で見れば、「1、対面する。会見する。2、男女が関係を結ぶ」と。

この歌の「相見し」は、そこまで、深いことではないかもしれませんが、古くは、女性が男性の前に姿を現すのは結婚の相手と認めた場合、でしたから「見る」という言葉自体に、異性と関係を持つ、という意味もありました。

この歌の男や、オートバイの高校生らは、その後、どうなったのか。

千度、嘆きながら、一目惚れの恋は、実らなかった、ということでしょうか。

わかりません。

もしかしたら、今、この男女の遠い子孫が、あなたかもしれません。

今日も素敵な一日になりますように。

美しい明日へ心をこめて歌っています。

洋司