若草の 新手枕を まきそめて 夜をや隔てむ 憎くあらなくに (巻十一 2542)

訳)新妻の手枕を し始めてから 夜離(よが)れをしようことか 憎くはないのに

「憎くはないのに」というところが、面白いです。

愛しい、大好き、と伝えたいときに、憎くはない、とは、どうも、遠まわしですね。

「憎い」は、微妙なニュアンスがあります。

辞書を見ると、

相手(の存在)がたまらなくいやで、出来るなら抹殺したいくらいだ。

とあるんですが、その次に、

相手のした事がりっぱで思わず、参った、と言いたい感じだ、と。

古語辞典を見れば、

好きではないので近寄りたくないという不快感が中心で、今のように「憎悪」の感じはあまり強くない、と。

1.いやだ。気に入らない。腹立たしい。

2.みにくい。快くない。

3.無骨だ。無愛想だ。

4.わずらわしい。めんどうな。

5.むずかしい。奇妙な。

6.感心だ。あっぱれだ。

この、6番が面白いですね。

あの「オレンジ色の憎いヤツ」も、6番でしょう。

講座の先生がおっしゃったのは、「芸者さんが言いますね、『お客さん、憎い人』と」。

俚謡集には、

にくいはいとしのあまり いとしうないものにくくもない

と歌われるものもあるそうで、なるほどな、と思います。

愛が前提の、その上に立った感情。

「嫌い」というと、もう、身も蓋もない感じですが、

「憎い」というと、潤いも含みも、あるということでしょうか。

「憎い」がでてくる有名な歌は、

紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも (巻一 21)

これは、大海人皇子(後の天武天皇)が、額田王の歌ったあの、

あかねさす 紫野行き標野行き 野守は見ずや 君が袖振る

に、答えて歌った歌(宴席での即興の戯歌応酬という説もある)ですが、

訳は、紫草のように美しいあなたが憎かったら、あなたは人妻だのに、どうして恋いしたうことがあろう。

大海人皇子は、元は、額田王と結婚して、二人のあいだには、十市皇女という娘もいたんですが、額田王は、そのあと、大海人皇子の実の兄である天智天皇の後宮に入るんです。

で、この歌のやり取りは、天智のものになってしまった額田王に向かって、大海人が手を振っていて、それを見た額田王が、誰かに見られるでしょ、と歌ったのに対して、大海人が、あなたを憎かったらどうして恋したおうか、などと答えてる場面なんですね。

君は、僕が君のことを憎んでると思ってるかもしれないけど、僕は君を憎んでなどいないんだ、今でも愛してるんだ、みたいな、お昼のドラマみたいな、ねばっこい感じは、ないような気がしますが。

その後、この兄弟は、その愛憎により、古代最大の内乱を引き起こすことに。

だいぶ、長くなりました。

2542の歌の「憎い」で、あとひとつ、面白いところを。

原文を見ると、「憎くあらなくに」の「憎く」は、「ニ八十一」と書いてあるんです。

九九、八十一なので、八十一と書いて「くく」と。

「戯書」といって、万葉集には、こういう言葉遊びもたくさんあるんです。

「憎く」を「ニ八十一」と書くことで、さらに、軽い感じも表したような気もします。

訳の「夜離(よが)れ」って言う言葉も、ちょっと面白いですが、きりがないので、今日はこの辺で。

今日も素敵な一日になりますように。

美しい明日へ心をこめて歌っています。

洋司