スチュアート・サトクリフ展に、
ずいぶん前、
小峰倫明さんと、行ったことがあります。

ビートルズの伝記などに、
初代のベーシストとして、
ちょっとだけ登場するスチュですが、
絵を見れば、その技量や才能は、
相当なものだったのが、わかるのでした。

リバプールの美術学校で、
ジョン・レノンと知り合い、
ジョンが心を許す数少ない友人の一人に。

楽器は弾けなかったのに、
絵が売れたお金で、ベースを購入。
ビートルズのベーシストに。

ビートルズのメンバーとしてハンブルグ巡業に。

ドイツの写真家 アストリッド・キルヒヘルと出会い、
婚約。
画家に専念するために、ビートルズを脱退。
奨学金で、ハンブルグ州芸術大学に学びながら、
創作活動に専念。

1962年4月10日に、脳出血で死亡。21歳。

翌日、
3回目のハンブルグ巡業のために訪れたビートルズ。
空港で、アストリッドからそのことを知らされる。

ジョンは、「泣き叫んでもスチュは戻ってこない」と、
大声で笑い出した、と。

まだ、ビートルズがレコードデビュー前の出来事です。

まとめは、ないんですが。

今日も素敵な一日になりますように。
美しい明日へ心をこめて歌っております。

洋司