昨日のミサキプレゼント、いや、
ミサキプレッソでの、感動さめやらぬ朝です。

急なインフォメーションでしたが、
ファンクラブもみなさんも、たくさん駆けつけてくださり、
ありがとうございました。

お話をお聞きすれば、
やはり、それぞれに、心痛むところもあおりのようで、
それでも、三崎で、あたたかい気持ちや、音楽に触れられて、
良かったと、みなさん、言ってくださいました。

外は、夕方から、ぐっと冷えてきたんですが、
心は、ぽかぽかでした。

僕も、ほんとうに、みなさんと、お会いできて、
嬉しかったですよ。

また、昨日の記事にも書きましたが、
来たくても、来られないみなさんの、気持ちとか、
考えると、ただもう、届け届けと、思って、
こちらは、思いをこめて、元気に歌うのみ、で、
きっといつか、すぐそばで、
聞いていただける日も来ると、ちょっと先の、
楽しみとして、約束をしましょう。

昨日、キダ先生がおっしゃってたことで、
ほかには、
被災者からの問い合わせを受けたり、指示をしたり、
そういう市の職員の方々も、やはり被災されてて、
ご自身も家が流されていたり、ご家族とはぐれていたり、
それでも、不眠不休で、当たられている、というお話。

伊藤銀次さんもおっしゃってたのは、
みんな混乱して、なにをどうしたらいいかわからないとき、
それを、しっかり、まとめて、適切な指示を出していける人が、
必要、と。

キダ先生は、昨年、気仙沼等、を旅されてて、
思い出もおありで、
僕も以前から、その写真を見せていただいたり、
お話をうかがったりしていたものでした。

昨日は、その時の写真と、今回、行って写してこられた写真を、
合わせて、見せてくださいました。

あんなに美しく、皆が暮らしていた、活気のある港、
そのことは、忘れたれたかのように、今、
悲惨な状況だけ、テレビに映る、というようなことも、
おっしゃってました。

阪神淡路の震災の時、先生は医学の勉強をされてるころで、
そのときには、何もすることができなかった、と。

今度の災害は、何百年たっても、
語り継がれることになろう。
今、自分が、ここにいて、
なにか、できないで、どうする、と。

いろんな思いが、キダ先生を、突き動かしたんですね。

先生のお話を、聞かせていただいただけでも、僕ら、
なにか、勇気をいただきました。

なにも、できないんじゃないって、思います。

人と会って、前向きな話をしたり、歌を歌ったり、
微笑みを、交し合ったり、明日もがんばろうと思ったり、
そんなことも、合わせて、
やっぱり、素敵な、イベントでした。

ミサキプレゼントでした。

本日も素敵な一日に、
美しい明日へ。

洋司