仙人といえば、
山の中に住む、不思議な力を持った、
不老不死の、白い髭のおじいさん、
という、感じがするのであるが、
非常に、あやしいのは、
不老不死なのに、
だいぶ、おじいさん、というところであった。

あるいは、仙人の力を得たときには、
もう、おじいさんになっていたのかもしれない。

久米仙人。
仙人が、空を飛んでいるときに、
ふと、川で洗濯をする、若い女の人の、
白いふくらはぎかなにかを、見てしまって、
仙人の力がなくなり、落っこちた、という話、
前にもここに書いたことがあるような気がするが。

昨日、一年数か月通っているほうの、
万葉集の講座で、習った歌に、
仙人についての歌があり、
資料として、
中国の明の時代のスタイルの、
いわゆる仙人の絵を見ることができたのであった。

若者である。
髭は少し生やしているが、黒々として、
それがさらに生命力を感じさせる。

アニマル柄の、文字通り毛皮をまとい、
孔雀かなにかの羽らしいものを、
羽織ってもいる。

派手である。

暖かそうにしているが、手に、
大きな植物の葉らしい、扇のような、
扇ぐものを、はなさず持っている。

暑いのか寒いのか、わからない格好なのである。

それを、歌にして、
いつも夏と冬が一緒に過ぎていくからでしょうか、
などと、さすがに、時を越える存在である、
みたいに、詠んでいるのである。

楽しい歌である。

夜、テレビで、
ミヒャエル・エンデの、1986年のインタビューを、
やっていたので、見た。

ファンタジーは、現実から逃避するものではなく、
現実に到達する、唯一の手段、
というようなことを、話していて、
とても、興味深く聞いたのであった。

仙人、到達。

洋司