万葉集の講座、
本日も、素晴らしい内容で、
感動しっぱなしであった。
大伴家持が、
たくさんの女性から、冷たい人だ、と
思われていた、というようなところも、
楽しいのであるが、
今日は、初期万葉の
歌の作者が、ゆれる、という現象を
どうとらえるか、についてのお話が、
非常に面白かった。
作者がゆれる、というのは、
その歌の作者が、複数あり、
誰が実際に作ったか、
説によって変わってくる、
ということである。
しかし、
初期万葉のころの歌というものは、
歌そのものが、集団の心情を歌っていれば、
それでよく、
乱暴に言えば、作者は、誰であってもいいのである。
皆の感情が歌を共有する。
どの説が、正しいか、
ということではなくて、
なぜ、こんなにいろんな意見がでるのだろう、
というところを、考えるのも、
大事なことではなかろうかと。
講座の内容を、
ノートしたことを見ながら、
ゆっくり振り返る時間も、
大変に楽しい。
皆が「私もそう思う」という歌を作る。
歌は、皆の感情。
いいお話を伺った。
洋司
本日も、素晴らしい内容で、
感動しっぱなしであった。
大伴家持が、
たくさんの女性から、冷たい人だ、と
思われていた、というようなところも、
楽しいのであるが、
今日は、初期万葉の
歌の作者が、ゆれる、という現象を
どうとらえるか、についてのお話が、
非常に面白かった。
作者がゆれる、というのは、
その歌の作者が、複数あり、
誰が実際に作ったか、
説によって変わってくる、
ということである。
しかし、
初期万葉のころの歌というものは、
歌そのものが、集団の心情を歌っていれば、
それでよく、
乱暴に言えば、作者は、誰であってもいいのである。
皆の感情が歌を共有する。
どの説が、正しいか、
ということではなくて、
なぜ、こんなにいろんな意見がでるのだろう、
というところを、考えるのも、
大事なことではなかろうかと。
講座の内容を、
ノートしたことを見ながら、
ゆっくり振り返る時間も、
大変に楽しい。
皆が「私もそう思う」という歌を作る。
歌は、皆の感情。
いいお話を伺った。
洋司