渋谷から、バスに乗っていた。

「私は93歳。渋谷、代官山辺りで生まれてね。
昔は、何にもないところで、木だけがはえていて、云々」

その女性が、たまたま席がとなりになった女性に、
話していたのである。

知らない人同士でも、そうやって、
自然に会話ができるのは、
心温まるもののようにも、見えたのである。

こちらは、イヤホンで宿題の音を聞きながらも、
つい、その会話に、引き付けられた。

ちょっと、こういうところには、書けないような、
昔の代官山あたりの、悲惨な出来事も語られていて、
そんな場面を、想像しながら、聞いた。

昔の渋谷の風景は、
三島由紀夫とか林芙美子なんかの小説で、
読んで、やはり、昔の様子を思い浮かべた。

僕が初めて、渋谷に行ったのは、
高校生の時、
24年前の今頃か、
渋谷公会堂にオーディションを受けに
出てきたときであるが、
どうやって、渋谷公会堂まで、行ったのかは、
もう、よく覚えていない。

本番の前にも、信濃町のスタジオで、
何人かの方々の前で演奏したが、
後で聞くと、そっちが本当のオーディションだったとか。

やがて、本格的に上京し、
事務所の人に、東京をあちこち、案内してもらった。

渋谷駅に下りた時、
「ここが渋谷だよ」と、
すごい東京の人っぽいイントネーションで
教えてもらった。

ハチ公前出口から、109方向を見た。
今とはだいぶ眺めが違うが、
その時は、ただ雑然としていて、
建物がみな、ちょっと古くて、
春先のぼんやりした空気のせいか、
意外に地味だ、と感じた。

バスでの会話は、僕の思いつく渋谷の様子とは、
全く違っていて、非常に新鮮でもあり、
もう、頭の中では、
なんにもない野原から、どんどん開発されて
ビルディングやら鉄道やら首都高速やらが、
次々作られていく様子が、超早回しの映像で、
展開するのであった。

洋司