このごろ、地図が読めなくなってきたように感じるのである。とくに地下鉄の出口から出たとき、地図と現実の方向がわからず、へんなほうへ歩いてゆきそうになったことが、ここ最近で、数回ある。地下鉄も、反対方向に乗って、引き返した。しかし、よく考えてみると、若い頃にも、そういうことはあった気がする。その頃は、電車を乗り過ごすだけでも、だいぶあせったものであるが、今は、そのあせりが、ない。ない、というか、あせろうとする自分を面白がるときがある。自分にとっての緊急事態が、変わってきたのかもしれない。あせることが、ない、というのは、もしかしたら、緊急事態かもしれないのである。

洋司