中学のとき、学生帽をかぶっていたのである。駅や電車で働いている人たちがかぶっている帽子を見て思い出した。帽子のつばの上に、あご紐がかけてある。あれを実際にあごにかけている人を、あまり見ない。僕らも中学生のときに、あごにかけたことは、二度しかない。試しにかけてみたときと、ふざけてかけてみたときだけである。あれは少々、くすぐったいが、帽子をしっかり頭に固定するには、必要である。駅の人が、電車が入ってきたときの風で、帽子を吹き飛ばされるのを、見たことがある。かけないのなら、なくてもいい。あそこにあご紐があると、学校の帽子なら、校章が、すこし隠れてしまう。隠すための校章でもないだろうし、あご紐とは、校章を隠すものでもなかろう。しかも、駅員さんの帽子を見ていて、あのあご紐を、僕は、しばらく、なんだったのか、思いださなかったのである。思い出せないのではなく、思い出さない。なので、ふいに、思い出したとき、これは書くことが多いと思い、一瞬、息も荒くなったのであるが、しばらく時が経つうちに、それを書くことすら、忘れてしまっていたのである。もし、今度、あのタイプの帽子をかぶることがあったら、とにかく、あご紐をかけたいと思うのであるが、いざ、その時がきたら、また、忘れそうである。
洋司
洋司