夏期学校のカリキュラムで、一般家庭に泊まる民泊というのがあった
事前アンケートで自分の家を上か中、チェックを入れる項目があった
当然私は中に入れたが、それはとりもなおさず
大金持ち?か、そうでないか、お世話になるご家庭の選別だった
中とはいえ、うちより遥かに裕福そうな家庭に案内された
その家の中学生の娘さんが、私を連行するかのようにがっちり腕を組み
歩きにくいことこの上なかったが、この国には腕を組む習慣があった
お父さんは少し日本語を話したが、仕事で出かけてしまい
かわりに、日本語が出来るというおじさんがやって来た
おじさんは
「日本語話すの久しぶりだ」と照れくさそうに話しはじめた
「田中絹代さん お元気ですか?」と聞かれ
てっきり死んでいたものだと思い込んだ私が「亡くなったと思います」というと
とてもがっかりされていた
初老のおじさんと、15歳の私の話しが盛り上がることはなかったものの
その後も幾度か目にした人達の
日本語話すのが懐かし い、うれしいという反応は
ずっと心に残っていた
