排斥と断絶と自然消滅 | ヨッシーのブログ

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神と聖書を愛していて、時々精神疾患の話やアイドルの話もします。

JWの組織から離れる方法は、僕が知る限り、排斥、断絶、自然消滅の3パターンがあるのだが、僕は、2番目の断絶を選びました。これは、自分の遺志で、脱会届を出して辞めることです。自然消滅は、文字通り、徐々にフェードアウトしていくので、一応JWとしてカウントされます。ただ問題なのは、排斥という処置です。これは、罪を犯して、悔い改めないと組織から追放されます。この処置は、聖書的根拠はあるといえばあるのだが、弁護士無しで裁判が行われます。会衆の人々は、排斥されたという発表で知るのですが、どういう内容なのかは、全く分かりません。断絶もそうなんですが、排斥も一回されると発表されると一斉に仲間だった人々から、集団無視をされます。まるで、その人が存在しないものみたいな扱いになります。一応聖書には、そういう人がいた場合、その人が罪から立ち返る為に、挨拶もしてはならないと書いてはあるのですが、ネットなど調べてみると、冤罪の場合もあるということを知りました。それに実際、その人が悔い改めることを願って、我慢して、泣く泣く無視をしている人が何人いるだろう。この処置の聖書的根拠には、本当は悔い改めて欲しいという願いが込められていると思うのですが、あえてそうしなさいという意味だと思う。僕のいた会衆でも二人の姉妹が排斥になりました。どういう内容かは、全く分かりませんが。少なくとも僕は、その時、悔い改めて欲しいなと思っていました。でも大半の人は、やっぱりねとか言ったりしていて、とても悔い改めを願っている人の態度ではありませんでした。僕は、自分の遺志で辞めたので、無視とかされてもなんとも思わないけど、排斥された人は、どんな感情なのか?復帰という措置もありますが、これは結局、長老たちのさじ加減で決まるから、短い期間で復帰する人もいれば、長い期間かかる人もいると聞いたことがあります。人間は、人の心は見えません。それはもう神様の領域です。その人がどれだけ悔い改めているかなんて、所詮人間には分かりません。実際に罪を犯して、悔い改めていないなら、仕方ないのかな?と思うこともありますが、色んな方のブログなど拝見すると、裁く側にいる長老なり、巡回監督なりによって、結果が異なるようなんです。やっぱり、人が人を裁くには、限界があるのだなと思いました。