人間、生きていれば何かとムシャクシャする時も多いはず。先日の秋葉原無差別殺人事件の加藤と同じ時期に死刑執行されたあの女児殺害の宮崎勤、専門家は共通点があると主張しているが私は違うと思う。むしろ、加藤と異例の死刑執行だった宅間守との共通点が多いと思う。

二人の境遇が悪かったこと、〝誰でも良かった〟の共通点。加藤の場合、宅間のようなエリート小学校を狙ったのとは少し違うが狙いを歩行者天国のさなかの秋葉原だっただけでもしかしたら学校にトラックで突っ込み刃物で弱い子供を狙ったかもしれない。

専門家は、共通点を〝オタク〟に絞っている。単に秋葉原ということ、アニメやゲーム、パソコン、インターネット、コスプレなどオタク文化に対しての偏見だけである。ようするにパソコンやケータイのネット文化により精神が犯されたかのようだ。

私自身、オタクに関してはまだまだ勉強不足だがむしろオタクというよりマニアック集団と呼んだ方が一般の人には理解しやすいかもしれない。

では、加藤は、いわゆるオタクだったのか・・・単にネットの書き込みで自分の虚栄を現実化したかっただけのように思える。一方、あの大阪教育大付属小学校に刃物で次々に子供を殺害した宅間はオタクのイメージはないが幼少の頃から親・兄弟から愛情が薄く、また友人関係も下手な男だった一度結婚して子供もいるようだがその事さえ考えずに身勝手な行動に出た。ある意味社会の渦についていけなかった者通しに〝悪魔〟が乗り移ったようである。

また、加藤に対して、派遣社員など全国の同じ状況下にある人間からは同情の声もある。しかし、かといって人を無差別に殺すというバーチャルでやってもリアルではやってはいけないと口を揃える。

では、なぜ???あんなことをやったのか・・・。そこまでは誰も答えられない。単に気持ちもある面理解ができるというコメントのみ。

あの事件以来、いたずら書き込みが何件あっただろう。彼らの中には本当にやってやると思った人間もいたかもしれない。今の日本の歪んだ社会に間違った教育を強制された大人達がついていけなかったのだろう。

結局、弱いのである、だから弱い人間を狙い自己主張したがるのである。宅間もそうだった、親への当て付け。ただそれだけだった。加藤の家族にも問題はなかったのか・・・私はあると思う。なぜなら、辛い、苦しい、そんな時に対して立ち向かえることが出来なかった時でも人様に迷惑をかけないという教育をしていなかったからだ。一般的には、〝自分ひとり死ねばいい〟と考えるのが普通であると私は思う。

ゲームのように人をかんたんに殺しているという反オタク派は口を揃えて言うかもしれないが皆が皆そうではない。中には加藤のような者もいるがそれはリアルとバーチャルの違いをしっかり認識させる教育が足りないからだと思う。

宮崎勤・・・あれは論外。あの年で幼い頃から自分用のビデオデッキを与えられあんなに古いアニメなどを録画保存している環境で親もまたほったらかし・・・。まさしく超ロリコン異常者である。自分の欲望のみを達成できればいい・・・単にそれだけである。加藤や宅間のような怒りはない。

今後、このような凶悪犯、無差別殺人を平気で行う人間をなくす努力をこの社会、そして日本国政府がやっていかなければ再び罪のない人たちが突然意味不明にして命を失うと思う。

家庭、会社、国家、ある意味同じである。
大小の組織の中で誰しもが生きていかなくてはならない。
だから、もっとその意味を一番大きな組織である国家が目をむけないと何も変わらないと思う。