昨年の「10月25日」、忘れられない日となった。

この日僕は、お休みをいただいて馬に乗りに行っていた。リーアの運動を終えて、馬場から出て、コンクリート舗装されているところにいた。

リーアから降りようとした時のこと。リーアが頸を振って立ち上がった。先ず僕がリーアからコンクリート面に落ち、その上にリーアがひっくり返って、僕の下半身の上に落ちて、僕はコンクリートとおよそ600キロの馬の間に挟まれてしまった。装蹄したばかりだった蹄鉄とコンクリートの間に砂が挟まって、滑りやすかったのではないか。

骨の折れる音がはっきり聞こえた。既に尋常でない痛みに襲われていた。痛みの中、脚の指先を動かしてみたらなんとか動いた。これは僕にとって大きかった。こういう事を「一縷の望みを残す」というのだろうか。これがその後の僕にとって、とても大きな力となった。

今も、もしあの時脚が動かなかったらと考えただけで今でもぞっとする。痛みや治療、リハビリに対して前向きに取り組む事が出来ただろうか。耐える事が出来ただろうか。自信を持って〝yes〟とは言えない。それくらい大きな事だった。

不思議なもので、激痛が押し寄せてくる分、冷静になり、「リーアは?」と、リーアの事が気になって探すと、少し離れた所にしっかり立って僕のことをじっと見ていた。

‘リーアは無事だった!’

僕は自分では全く動く事が出来なかったので、救急車の手配をしてもらった。
「もう自分ではどうすることも出来ない」と観念したが、リーアに問題がなかったようで、ほっとした。でも、目にいつもの元気がない。僕にとても申し訳なさそうに、すまなそうにしているような気がした。まるで謝っているようだった。

後日、聞いたところ、あの時リーアも口を切って血が出ていたそうだ。
勿論怪我の大小もあるだろうが、僕は、「やっちゃったー」という後悔と痛みに耐えることに精一杯でリーアの事まで思い至らなかった。

でも、リーアは違った。
僕を心配してくれていたのだ。僕は自分が恥ずかしくなった。短い時間の中、僕は色んなことを学んだ気がしている。

救急車が着き、救急隊の人が直ぐにドクターヘリを要請。ヘリポートまで行き、救急車から降ろされ、ヘリポートに用意してあったビニールシートの上で処置が始まり、ドクターヘリで病院へ。怪我の状態が僕の予想よりかなり悪いということは医師や看護師さんの様子を見ていて感じた。

唯、今でもよく解らないのだが、なぜか悲観的・自暴自棄にならずに冷静でいられた。「お医者さんの数がどんどん増えている! かなりマズいのかなぁ?」「(テレビの)『コードブルー』みたいだな。ガッキーいないかなぁ。いるわけないか(笑)。」なんて考えていたのを覚えている。

記憶は結構鮮明だ。

ドクターヘリを降りて、病院の救急救命センターに搬入される途中、雲一つない真っ青な空が見えた時、なぜだか〈僕は大丈夫!〉と思った。
 
 手術は(取り敢えず)無事に終わった。

腰椎骨折、恥骨&腸骨骨折、第八・九肋骨骨折、そして気胸etc.という状態。当然打撲も・・・。一番の問題は骨盤骨折で、僕の場合、重度不安定骨盤骨折というやや珍しいタイプだったらしい。救急処置室からICUに移り、程なく手術室に入った。術後、すぐに麻酔から覚めた。痛みはひどかった。

表現はおかしいが〈嬉しかった〉。痛みを感じる(感じている・感じられている)ことが嬉しかった。勿論つらかったが、もしあの場で死んでいたら痛みすら感じることはなかった。
「あぁ、生きてるんだ」って心底から感じた。

命がある、生きているってなんて有難いことか。決して当たり前の事ではないと実感した。
今までは健康であることが当たり前、当然と思っていた。だから、「生」がどんなに大変なことか全然解っていなかった。怪我をして、「死」を身近に感じて、初めて「生」を実感出来た。

入院直後は血尿もあったが、検査の結果内臓損傷もなく、出血も早くに収まった。脚も動いた。
しかし、順調とばかりは言えなかった。

最初の手術で、腸骨の離開部位を留めたスクリューが、骨が脆くなっていた為貫通してしまい、3週間後に再手術しなければならなくなった。恥骨骨折部位固定手術後は創外固定器付けていたので、それを外し、スクリューを抜去。腸骨を削って新たにプレートで固定するという手術の結果、壊れたロボットみたいな動き方になってしまったが、僕は今生きている。なんと幸せな事か。生きているというのは当たり前ではないのだと再確認。

再手術後暫くして、リハビリを再開。最初は右脚が5センチも上げる事が出来なかった。でもリハビリをやったらやっただけ成果が出てきた。少しずつ体が動くようになり、自分の体が一生懸命生きようとしているのを体感した。ベッド上の生活から車椅子での移動が出来るようになって、術部の経過も安定して、リハビリ専門の病院に転院した。

そこでは、よりハードなリハビリプログラムで、最初は凄くきつかった。しかし、周りの人の前向きさや担当して下さった理学療法士さんが優しく助けて下さった。そのお陰で、きつさの中にも楽しさを見出せて、前向きに生きる気力を維持できた。

そして、2月3日に実家に戻った。

僕が怪我をして、みんなに迷惑を掛けてしまった。仕事にも穴を空けてしまった。心から申し訳ないと思った。

たくさん元気づけてくれた友人たち。感謝の気持ちで一杯。

恥骨を固定したプレートはいずれ外さなければならない」と、再々手術を宣告されている。
まだ完治とは言えない。でもこうして此処にいられるのがとても嬉しい。

この3ヶ月余りで得た思いを決して忘れない。
拾った命、生かされた命を大切にして。
生きていること、生かされていることを感じながら、これからを生きていきたい。

今回の大地震。

日本に深い爪痕を残した。




今、日本全体で自分に出来る何かを探してる。


俺は芸能人や有名人ではないから一人で出来る事は少ししかないし、出来る事は限られてしまう。


自分のあまりの小ささ・無力さに絶望してしまう。

だがそんな俺でも何か出来る事はきっとあるはずだ。

俺らは一人じゃない。

例え一人ではわずかな力でも、みんなで協力すれば大きな力になれる。


今は節電・募金などしか出来ないが、この困難な時を乗り切るための力のほんの一部になれればと心からと思う。





日本中が復興に向けて一つになって動き出している。


いまだにたくさんの被災者や行方不明の方が多数いるという現状。

非常に厳しい状況ではあるがきっと復興出来る。

復興出来ると信じたい。





そして俺はこの日本に生まれた事を誇りに思う。

この国に恥じない人間でありたい。





最後になったけど被災者の心が安らかになりますように。

早くみんなが笑顔になれる時が訪れますように。


















2月…

ついこの前2011年になったのに(笑)


今更だけど明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。


色々と忙しくてブログ更新出来なかった。

ってことにしておいて下さいww



今年は、

1.癒し系男子になる!

2.スイーツ男子卒業!

3.5キロ減量!

4.貯金を増やす!

5.馬で全日本出場!


この5つ目標に頑張ろうと思います。

うさぎ年ってことにあやかって俺も飛躍できるように頑張りますw


でも今からもうすでに挫折の気配…

特に1が…(笑)

今年こそ癒し系に!!

と言いつつもう数年…

2011年はNEWピーターになります。



あっ、ブログの更新も頑張ろうっと!


だから、ブログ更新のネタの確保の為に飲み会しよう。

とりあえず2月26日に渋谷付近で第3回KKK(Kazuさんを囲む会)開催します。

来られそうな人は連絡ください。



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以上酔いどれピーターパンver.2011でしたww