「父さん!バスチアン―バタザール―ブックス!」…その叫びが耳にこだましているうちに、バスチアンは、どこを越えたのでもないのに、ふたたび学校の物置にいたのでした。ここはずっと昔、ファンタージエンに出かけた場所でしたが、バスチアンはすぐにはわかりませんでした。けれども、じぶんの学校かばんや、さびた七枝の燭台に燃えさしのろうそくが残っているのを見て、じぶんがどこにいるのかがわかったのでした。

 どれだけ時間が経ったのか‥バスチアンにはわかりませんでした。天窓から灰色の光がさしこんでいましたが、午前なのか午後なのか‥。体の上に何枚ものっていたほこりっぽい軍用毛布をはねのけると、靴をはき、オーバーを着ます。驚いたことに、靴もオーバーも、どしゃ降りだったあの日のように湿っていました。

 かばんを肩にかけてから、あの盗んだ本、そこからすべてがはじまったあの本をさがしましたが、本はみあたりません。けんめいに隅々までさがしたものの、「はてしない物語」はどこかに消え失せてしまったようでした。

 「いいや。なくなったっていうより仕方がない。きっと信じてもらえないだろうけど、どうしようもないもの。なるようになるさ。」

 無愛想なコレアンダー氏に、思い切って盗んだ本を返しにゆこうとバスチアンは決心していました。盗みの罰を受けようと、訴えられようと、あれほどの冒険をしてきたバスチアンには、もう怖れるほどのことではなくなっていたのでした。

 校舎は人の気配もなく静まりかえっています。ドアには鍵がかかっていました。バスチアンは思案しましたが、偶然だれかが来てくれるまで待つなどということは、とてもできませんでした。一刻も早く父さんのもとへ帰りたかったのです。生命の水はこぼしてしまったけれど…

 足場の組んであった2階の窓から出ることに決めたバスチアンは、大雑把な造りの足場をつたいおります。もうファンタージエンにいたころのすばらしい能力は備わっていませんでしたし、太っちょの体重は少々厄介でしたが、かつての王者にとって、もうそんなことはどうでもよいことだったのです。

 慎重に手がかり足がかりをさがし無事地上に降りると、バスチアンは家に向かっていちもくさんに賭け出すのでした―。

                                    Buona Fortuna!
引用・参考は前回に同じ