船はどうやって進んでいるのか…。

 甲板の中央は丸く少し高くなっていて、ちょっとした舞台のようにも見えました。そこには常に数名の霧の水夫が立っていて、たがいの肩に腕をのせ、進行方向に目を向けているのです。

 はた目には彼らはじっと立っているように見えたのですが、よくよく見ると実にゆっくりと、まったく息を合せて体をゆすり、ある種の舞をしていることがわかりました。そして舞いながら、美しくて穏やかな単純なメロディーをくりかえし歌っているのです。

 バスチアンはこれを何かの儀式か風習なのだと思っていましたが、ある日友達の一人に尋ねてみました。するとその友達は驚いた様子でこう言うのです。

 「思いの力で船を動かしているのです。」

 バスチアンには最初この説明が飲みこめませんでした。すると友達はこう付け加えてくれたのです。

 「あなたが足を動かそうとするとき、そう思うだけで十分でしょう?」と。


 思いの力・意志の力―普段はあまり意識はしませんが、人間はその力があって初めて動くことができます。もちろん骨だの神経だの筋肉だのの基本構造はあるでしょうけれど、最終的にそれを動かすのは意志の力です。

 「水を飲む」この簡単な動作さえ、「水を飲みたい・水を飲もう」という意志が働かなければ叶いません。五体満足であっても、渇きを感じているとしても、もう一歩踏み込んで望み(水を飲みたい)があったとしても、実際に水を飲むためには「水を飲む意志」が必要なのです。

 ですから、「意志」に何らかの障害が起こる(例えば重いうつ病など)ということが、どれほど深刻な病なのかおわかりでしょう。「五体満足で自由に動く身体があるじゃないか!」ととられる向きがありますが、それを動かす動力がなければ、五体は重い付属品にすぎなくなってしまいます。

 生き生きとした精神(生命エネルギー)のダイナミックな動き―これが健康の本体です。これこそが、どんな逆境におちいったときにも人間に生き続ける力を与えてくれるのだと思います。

                                    Buona Fortuna!
引用・参考は前回に同じ